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2006年7月の28件の投稿

はじめに

 「隣の国が怖いから、強い軍隊を持たなければならない」
 「隣の国が危ない国だから、いざというとき守ってもらうため、アメリカ様に忠誠を尽くさなければならない」
 「でも、戦争は嫌だし、戦争で悲惨な目に遭うのは、お偉い政治家や官僚じゃなくって、子どもをはじめ、一般の人たちばかり。それを思うと、やっぱり戦争放棄の憲法9条を変えてほしくはないんだよな……」

 21世紀に入ったとたん、有事法制が成立し自衛隊イラク派兵が実現するのを横目で見ながら、こんな矛盾する思いを抱えて、無力感に襲われたり、投げやりな気分になったりしていた人が、案外、多いのではあるまいか。
 えっ、あなたがそう?
 もし、そうなら、本書は、まず第一に、他でもないあなたのために書かれたものだ。本書を読めば、「あっちを立てればこっちが立たず」というアンビバレント(二律背反)な悩みは、ズバッと解決! 心のもやもやも、あとかたもなく消え失せて、かわりに、これまで思いもしなかった、明るく楽しく胸おどる未来への希望と展望が、はっきりと見えてくるだろう。

 「今の平和運動は憲法9条がど〜のと言うだけで、ビジョンがない! だから、日本版ネオコンたちにつけこまれるのだ!」

 そうお嘆きの諸姉諸兄!
 この本は、あなたたちのためにも書かれたものだ。ぜひぜひ、日本版ネオコンたちと対決して世界に平和と秩序をもたらすために、本書の助太刀を受け入れてほしい。

 鍵になるのは、国際人道法をはじめとする、国際法・国際慣習法の蓄積だ。
 国際人道法とは、簡単に言うと、戦時下の非人道的行為を抑止し、人間の尊厳と安全を守るための国際法、だ。
 1990年代に入り冷戦が終結した後、国際法の世界では、日本社会が今まさに捨て去ろうとしている「平和主義」の精神が、逆に、新たな息吹を吹き込まれ、ICC(国際刑事裁判所)の設立と運営開始(2003年3月)につながった。国際法と司法の力による、戦争抑止の潮流が、かつてないたしかさで流れはじめているのだ。
 今、日本が「ICCの傘」の下へ、「アメリカの傘」の下から颯爽と飛び跳ねて移動すれば、「傘」の修理や補強をしても諸外国から感謝されこそすれ恨まれることはなく、戦争の加害者にも被害者にもなることのない幸福な時代をイラク、じゃなくて、拓くことができるだろう。
 本書は、戦争を憎み平和を愛する人たちにとって魅力バツグン、威力もバツグンのアイテム、ICCのすごさを解説したうえで、次の2点を提案する。

 「ICC規程を批准して、国際人道法などの国際法を楯に、日本人だけでなく日本に住むすべての人たちの安全保障を築こうよ」
 「軍縮をして、国際救助隊や国際人道支援隊の結成を進めようよ」

 最終目標は、「ICC規程批准国の拡大を推し進め、戦争のない世界をつくること」だ。
 本書が、日本人が明治以降に起こした過ちを繰り返すのをくい止め、戦争の悲惨が世界を覆った時代に終止符を打ち、さらに暴力と憎悪の連鎖を断ちきっていくための一助となることを、切に願いつつ、いざ、めくるめく国際法の書をひらかん!

 2004年11月2日     
 うさちゃん騎士団の円卓にて
         うさちゃん騎士団SC 会員ナンバー1号

【2004年11月に作成した電子本(pdf版などダウンロードページはこちら)の内容を、暫定的に、ブログとして公開します。2005年以降の新情報もちょっと加えてみました。もしコメントをしたいという方は、できれば最後までお読みになってから、どうぞ。また、本文中のリンクは調整中ですので、クリックしてちゃんと飛ばなくてもご容赦ください。  ※参考情報2007.4.27.追記 国民投票法案を語る 共同声明文(案)(国民投票法案を語る)  ※最新情報2007.4.28.追記 国際刑事裁判所(ICC)と日本(ICCに関する最新情報は、こちらでどうぞ!)  ※詳細情報2007.5.1.追記 国際刑事裁判所資料庫(ICCに関する詳細情報は、こちらでどうぞ!)  ※日本:国際刑事裁判所加入へ(Amnesty International アジア・ニュース、2007.4.27)

   ☆☆☆

『戦争の抑え方★軍備オフ:ICCでつくる「戦争のない世界」』もくじ

はじめに

第1章 抑止力としてのICC〜ICCの傘の下へ移動せよ!
1.ICCって何やねん?
 【豆知識1】条約の署名と批准
 【豆知識2】即刻批准のための法律案
 【豆知識3】批准の時期とICCの裁判権
2.ICCのすごいところ!
【豆知識4】国際人道法の流れ
【豆知識5】人道法に実効性を持たせるために何をする?
3.ICCが裁く犯罪のリスト
マンガ 「ネズミ〜皇帝危機一髪 ICCの罠〜国際刑事裁判所の脅威〜」
 【豆知識6】「文民」と「文民たる住民」
 【豆知識7】「戦闘行為」と「敵対行為」
【豆知識8】侵略の罪

4.抑止力としてのICC
 ◎国連憲章の「平和主義」
 【豆知識9】戦争は人間のサガ?
 ICCが好戦国を縛る!
 【豆知識10】大笑い「国民保護法」(「国民保護を反古にする法律」?)
 ブッシュ政権とICC規程
 21世紀の7不思議にノミネート? ブレア首相の決断
5.ICCの傘の下に入れば……?
6.イラク侵略加担を支える2つの命題にツッコミを!

第2章 ICCの傘に入って軍備オフ〜国際救助隊・国際人道支援隊を結成せよ!
1.軍備オフへの不安に答える(1)(2)(3)
 
【豆知識11】世界人権宣言が提示する「テロをなくす方法」
2.「軍隊による国際貢献論」のマヤカシを撃つ!
3.国際救助隊・国際人道支援隊を結成せよ!

第3章 外国籍者、在外邦人と戦争
1.「国民保護法」の憂鬱
2.外国籍者保護のための条約と在外邦人保護(1)(2)(3)

おわりに

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第1章 抑止力としてのICC〜ICCの傘の下へ移動せよ!/1.ICCって何やねん?

 本来ならここで、まず、国際法や国際人道法の歴史を一通り説明すべきかも知れない。
 だが、江戸っ子ではないがカルシウム不足でどうにも気の短い私は、まどろっこしい話が大の苦手だ。いきなりICC(国際刑事裁判所。以下、ICCと記す)の話に突入させていただく。
 ICC設立に至るまでの国際人道法などの流れは、【豆知識4】で後述するので、そちらをご覧いただきたい。

1.ICCって何やねん?

 まず、ICCとはどういうものか、おおざっぱに説明しよう。

 ICC(International Criminal Court)すなわち国際刑事裁判所は、国際連合が設立した独立機関の1つだ。
 所在地は、オランダのハーグ。2003年3月に運営が始まった。

 東京裁判などの臨時裁判所とは違い、常設の裁判所として、武力紛争時に行われた「ジェノサイドの罪」「人道に対する罪」「戦争犯罪」の実行者や共犯者、依頼者、教唆者、煽動者、上官などを、裁く。

 裁判権を行使できるのは、ICC規程(という条約)を批准した国の領土で問題の犯罪が行われた場合と、この条約の締約国の国籍者が問題の犯罪を行った場合が、基本。ただし、ICC規程発効前(2002年6月以前)の行為は、裁判できない。(下記【豆知識3】を参照されたし。)

 刑は、終身監禁刑と最長30年の有期監禁刑、そして罰金。
 有罪判決を受けた者の私財没収や、被害者への損害賠償を命じることも可能。

 ICC規程の批准国は、2006年6月末で100カ国。署名だけで批准待ちの国は43。計143の国がICCに賛同しているわけだ。

【豆知識1】条約の署名と批准
 署名は「この条約に参加するよ」という約束。
 批准は、その約束を果たすこと。
 日本の場合、条約の署名は政府が行い、政府が国会に批准を提案。それを国会が承認して、ようやく批准される。つまり、日本政府がICC規程の署名と国会提出手続を進めない限り、日本のICC規程批准は不可能というわけだ。
 いちおう、批准の準備をする、と言ってはいる日本政府だが、「国内法を整備してから」と言って、先送りの気配。国内法は批准後にも整備できるのに。やはり、宗主国のアメリカ様が署名を撤回しているのに気をつかっているのか、それとも……?

と、思いきや、こんな情報も!
どう展開するかは予断できませんので、「日米同盟に「ICC規程の精神・趣旨」の潜脱を許したら、あきまへんで〜!」もご参照ください。

【豆知識2】即刻批准のための法律案
(このコラムは、日本政府がICC規程批准の準備を進めていると言われる今、もう不要かなあとも思いますが、記念に残しておきます。)

 実際のところ、以下のような内容の、簡単な法律をつくるだけで、ICC規程を今すぐ批准するための国内法整備は完了すると思うのだが、いかがだろうか?

○国内裁判手続法などの整備が完了するまでの間は、「ICCの裁判権が及ぶ犯罪」(つまりICC規程が列挙した犯罪)に対する裁判権行使を、ICCに任せる。
○日本人が訴追された場合、日本国憲法に基づく適正手続保障の観点から、必要であれば日本国政府が弁護人をつけるなど、日本国政府は日本国籍者保護のため万全の手段をとる責任を負う。
○ICC検察官ならびにその補助するスタッフに、捜査上のあらゆる便宜を提供する措置をとる。
○他国籍者が日本国内で、ICCの裁判権が及ぶ犯罪を犯した場合、犯行者および責任者などの身柄確保は、警察組織による国際協力や外交手段を通じて行う。

 日本人が外国の裁判を受けねばならない場合は、今でも通常、あるわけだし、しかも、ICCの手続規則によれば、後述するように、日本の刑事訴訟手続よりも被告人に手厚い保護がある。裁判官の構成も、ジェンダー・バランスや地域バランスなどに考慮するなど、偏りがない。公正な裁判を受けるという日本人の権利も、まあ、万が一にも日本軍関係者が訴追されるような犯罪を犯すことはないと思うが、きっちり守られるので、心配ご無用。

【豆知識3】批准の時期とICCの裁判権
 ICC規程を批准していない国でも、ICC規程が発効した後(つまり2002年7月以降)の犯罪について、ICCの裁判権を受け入れる意思表示をすれば、ICCの裁判を利用できる。
 イラクもアメリカもICC規程を批准していないが、もしイラクの新政府がICCの裁判権を受け入れる意思表示をすれば、アメリカ兵がイラク侵略戦争で犯した罪についてブッシュ大統領(当時)の責任をICCで問うことも可能になる……としか、ICC規程の条文(第11条、特に「ただし書き」と、第12条第3項)は読めない気がする。だが、そうすると、「犯行時に適用されていない法律が、後から適用されてはならない」という刑法の一般原則に反してしまうようで、私の誤解なのかな、とも思えてしまう。まあ、どちらにせよ、ICCの威力を損なう話ではないのだが、ちょっと気になる。真相はいかに!?

◆参考◆ICC規程抜粋
第11条(時間的管轄)
1 国際刑事裁判所は、この規程の発効後に行われた犯罪についてのみ、裁判権を有する。
2 この規程の発効後に締約国となる国に関して、国際刑事裁判所の裁判権は、その国にとってこの規程が効力を生じた後に行われた犯罪についてのみ行使できる。ただし、その国が第12条(裁判権行使の前提条件)第3項に基づく宣言をしている場合は、この限りではない。
第12条(裁判権行使の前提条件)
1 この規程の締約国となった国は、第5条(国際刑事裁判所の裁判権が及ぶ犯罪)が言及<~refer to>する犯罪に関する国際刑事裁判所の裁判権を受け入れる。
2 第13条(裁判権の行使)の(a)または(c)の場合で、以下の国のうち1つまたは複数が、この規程の締約国であるか、あるいは本条第3項に従って国際刑事裁判所の裁判権を受け入れるかしているときは、国際刑事裁判所は裁判権を行使できる。
(a) 問題となっている行為が領域内で行われた国。または、犯罪が船舶内もしくは航空機内で行われた場合の、その船舶または航空機の登録国
(b) 犯罪で告発<~accuse>された者の国籍国
3 この規程の締約国以外の国による(国際刑事裁判所の裁判権の)受け入れが本条第2項の下で求め<~require>られるなら、その国は、書記官に提出する宣言によって、問題となっている犯罪について国際刑事裁判所の裁判権の行使を受け入れることができる。裁判権の行使を受け入れた国は、第9部(国際協力と司法共助<~judicial assistance>)の規定に従って、遅滞も例外もなく、国際刑事裁判所に協力しなければならない。

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第1章 抑止力としてのICC〜ICCの傘の下へ移動せよ!/2.ICCのすごいところ!

 ICCには、画期的な性格がたくさんある。思いつく範囲で、あげてみよう。

1.勝者による後付けの裁判ではない!
 東京裁判やニュルンベルグ裁判には、「勝者による不公正な裁きだった」という批判がある。常設の裁判所が以前からあれば、こんな批判は生まれなかっただろう。もし、第2次大戦終結時点でICCがあったなら、戦勝国も敗戦国も、同様に裁かれていたに違いない。たとえば、日本軍による中国・重慶(2004年アジア杯のブーイングで、日本の若者の間でも一躍有名になった)への無差別爆撃が裁かれるのと同じように、アメリカ軍の日本各地への無差別爆撃や原爆投下も、ビシバシビシッ! と。

2.責任者処罰で、不処罰の連鎖を断ち、憎しみの連鎖を断つ!
 犯罪に責任を負う者が、国家元首や政府の長などだとしても、ICCの前で、優遇されることはない。ICC規程は誰に対しても平等に適用されるのだ(第27条)。しかも、まずは締約国の裁判所で裁かれるとしても、その裁判が不誠実なものであれば、国家から独立したICCがあらためて裁判できる。
 それゆえ、もし第2次大戦終結時点でICCがあったなら、トルーマン米大統領や昭和天皇も、きっちり有罪判決を受けていたに違いない。たとえば、前者は、原爆投下による文民虐殺を許可した罪で、後者は、さまざまな国際法違反がなされることを黙認した罪で。
 このような責任者処罰の実現は、「政治的理由と配慮」のせいでえんえんと続いてきた「真の責任者」不処罰の連鎖を、断つ。そして、被害者やその遺族の心理的な立ち直りを側面から支援し、憎しみの連鎖を断つうえでも役立つだろう。

3.責任者処罰で、戦争・武力紛争発生を躊躇させ、抑止する!
 ジュネーブ条約の「第1追加議定書」は、違反行為について「国家の」賠償責任を定めている(第91条)。だが、違反を行った者「個人の」賠償責任は定めていない。ICC規程は、個人の刑事責任、賠償責任、補償責任を定めている(第75条)。賢明な、あるいは打算的な政治家たちは、これだけでもう、開戦を躊躇すること、間違いなし!

4.個人補償と被害者への賠償制度!
 日本政府がアジア侵略戦争の被害者に対してかたくなに拒否しつづけている「個人賠償」「個人補償」が、ICC規程には、当然のものとして組み込まれている(第75条)。時の流れか、意識の違いか、さあ、どっちだろう?

5.罪に時効の適用なし!
 ICCが裁く犯罪の刑事責任には、時効が適用されず、犯行者は、法に従って罪をあがなうまで、枕を高くして眠れない。損害賠償請求にも、時効や除斥期間(旧植民地出身者が日本政府や日本企業に求める損害賠償請求は、この除斥期間経過を理由に、日本の裁判所によって却下されるケースが多い)などの出訴制限がない(第29条)。被害者のための正義の実現が、ここでも担保されているのだ。

6.被告もきちんと反論できる充実の手続保障!
 黙秘権の完備はもちろん、検察側が持っている情報を全部、被告側に教えなければならないなど、日本の刑事手続では考えられないほど、被告人の権利が保障されている(第55条、第67条など)。人道法を扱うだけあって、さすが、人権重視が徹底されているわけで、日本の刑事手続の実態と比べると、月とスッポン! 月はもちろん……。

7.人間と人権が中心!
 戦地での人間の保護、人間の尊厳、人としての権利の保護を中心に据えた、犯罪リスト!

8.普遍的でインターナショナルな性格!
 国籍に関係なく文民たる住民、兵士たちを保護する、普遍的でインターナショナルな性格は、まさに国際人道法の真髄を体現している。

9.超国家的な刑事裁判権の設定!
 刑罰権は、東京裁判など一部の例外を除き、これまで国家に独占されてきた。ICCに認められた超国家的な刑事裁判権は、将来構築されるべき超国家的共同体、たとえば世界連邦だか世界連盟だかの設立に向かう第1歩、に育てうるのだ。

10.国連から独立していて常任理事国も手出しできない!
 ICCは、国連事務総長や国連安全保障理事会と協力して権限を行使する場面もあるが、基本的に国連から独立した機関だ。だから、国連常任理事国の拒否権行使が安全保障理事会の機能をマヒさせてしまっているような事態は、ICCには起こり得ない。頼もしい!
Kakkiteki

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第1章 抑止力としてのICC〜ICCの傘の下へ移動せよ!/【豆知識4】国際人道法の流れ

国民あげての総力戦や無差別爆撃、正規兵同士の戦闘とは違った形態で進められるゲリラ戦、そして、正当化されうる軍事目的をはるかに超える被害をもたらす、さまざまな大量破壊兵器の出現、文民犠牲者の爆発的増大……。
 19世紀以降、戦争のもたらす被害は拡大の一途をたどり、その抑止が、全人類にとっての深刻かつ重大な課題として浮上してきた。この課題を解決すべく発展してきたのが、国際人道法だ。
 ICC設立につながった、国際人道法の歴史を語るうえで欠かせない条約と、戦争裁判を、あげてみよう。

 1907年 ハーグ陸戦条約
 1946年 ニュルンベルグ裁判、東京裁判
 1948年 ジェノサイド条約
 1949年 ジュネーヴ諸条約
 1977年 ジュネーヴ諸条約の追加議定書
 1993年 旧ユーゴスラビア国際刑事法廷
 1994年 ルワンダ国際刑事法廷
 1998年 ICC規程(国際刑事裁判所規程)
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▼「ハーグ陸戦条約(陸戦の法規慣習に関する条約)」は、捕虜の待遇や占領国の占領行政上の義務などを定めた他、害敵手段の基本原則である「軍事目標主義」を掲げるなど(第25条、第27条)して、害敵手段を制限した。その源流には、

 「戦争において国家が達成しようと努めるべき唯一の正当な目的は、敵の軍事力を弱めること」であり、
 「そのためにはできるだけ多数の者を戦闘外に置けば十分」であり、
 「すでに戦闘外に置かれた者の苦痛を無益に増大したり、その死を必然的にしたりするような兵器の使用は、正当な目的の範囲を超え」「人道に反する」

 としたサンクト・ペテルブルク宣言(1868年12月。「蝦夷島共和国」がフランス政府に承認されるちょっと前、のことだそうな)がある。
 この「ハーグ陸戦条約」は、第2次大戦の敗戦国を裁いたニュルンベルグ裁判で、1939年までに慣習法化したことが認められた。現在では、あらゆる国を拘束する慣習法として確立している、と言えよう。

▼ニュルンベルグ裁判、東京裁判では、「人道に対する罪」「平和に対する罪」という概念が登場した。また、「ジェノサイド条約」は、ナチスによるホロコーストのような悲劇を繰り返さぬために、ジェノサイドを禁止(ジェノサイドについては、本章「3.ICCが裁く犯罪リスト」を参照)。

▼1949年のジュネーヴ諸条約は、
 「戦地にある軍隊の傷病者の状態の改善に関する条約」(第1条約)
 「海上にある軍隊の傷病と難船者の状態の改善に関する条約」(第2条約)
 「捕虜の待遇に関する条約」(第3条約)
 「戦時における文民の保護に関する条約」(第4条約)
 からなる。第4条約の「文民」は、主として「締約国にとっての外国籍者」を指す。内戦(非国際武力紛争)に適用される規則が、ここで登場した。
 このジュネーブ諸条約は、2005年2月末現在、192カ国が批准や加入などの形で遵守を約束している。ちなみに191は国連加盟国の数と同じ。

▼「ジュネーヴ諸条約の追加議定書」は、国際武力紛争(植民地支配や外国の占領、あるいは人種差別体制に対して闘う武力紛争を含む)についての「第1追加議定書」と、非国際武力紛争についての「第2追加議定書」からなる。
 第2次大戦後の植民地独立戦争や、ベトナム戦争で新しく噴出した被害、そして何より、第1次大戦以降爆発的勢いで増大してきた文民被害を抑えるために、文民や捕虜、傷病者の保護を拡大・強化しつつ、「軍事目標と民用物の区別原則」を徹底。「戦闘行為(敵対行為)(←【豆知識7】参照)を差し控える」のを条件に、正規軍か不正規軍かなどにかかわりなく、すべての傷病者、難船者が「第1追加議定書」でカバーされることになった。
 なお、「第1追加議定書」を中国、北朝鮮、ロシアは批准しているが、アメリカ、イギリス、イスラエル、フランスは批准していない。しかし、批准・加入のペースから見て「第1追加議定書」はすでに慣習法になっている、それどころか、一般国際法の地位に近づいている、との見解もある(Abi-Saab)。実際、アメリカとイスラエルでさえ、「第1追加議定書」中のすべての慣習規則を尊重することを、正式に表明しているほどだ(『国際人道法』藤田久一、p245,248,271-272)。

▼第2次大戦後、ニュルンベルグ裁判や東京裁判のような臨時の裁判所ではない、常設の国際刑事裁判所を創ろう、という動きがあった。しかし、東西冷戦の発生で、とん挫。冷戦終了後、常設裁判所を求める声が再び高まり、ユーゴ内戦やルワンダ内戦の残虐な現実が、設立に向けた動きを加速。ついにICC規程が生まれた。
 ICC規程は、「人道の罪」と「ジェノサイドの罪」、「ジュネーブ諸条約」とその「追加議定書」の重大な違反、国際慣習法の重大な違反について、裁判権を持つ。ICCはまさに、20世紀の戦争がもたらした惨禍を2度と繰り返さぬためにと編み出された国際人道法の、ひとつの集大成なのだ。

批准国(2006年6月末現在)
 ジュネーヴ諸条約 192カ国(たぶん)
 ジュネーヴ条約第1追加議定書 162カ国(おそらく)
 ジュネーヴ条約第2追加議定書 157カ国(きっと)
 ICC規程 100カ国(署名済みで批准待ち43カ国)

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第1章 抑止力としてのICC〜ICCの傘の下へ移動せよ!/【豆知識5】人道法に実効性を持たせるために何をする?

 このように、戦争に関する国際法は、20世紀はじめからどんどん生まれていくのだが、違反も絶えなかった。
 たとえば、昭和天皇は、当時の首相であった東条英機に「開戦の詔勅」から「国際法を守って戦え」との語句が削除された理由を尋ねたところ、「嘘は書けません」との、とっても正直な回答を受け、黙認したのだとか。
 考えてみれば、すでにそれ以前に日本政府は、

 「もっとも重要なのは直接に住民を空襲し、敵に極めて大きな恐怖をもたらし、敵の意志を打ち砕くことである」

 と「軍事目標主義」(「ハーグ陸戦条約」1912年に日本も批准)の蹂躙を明記した「航空部隊使用法」を制定し、5年にわたり重慶への無差別爆撃を展開していたほか、「性奴隷」制度の確立と運営や住民虐殺など、各地で国際法違反を国策として行っていたのだから、東条英機のこの馬鹿正直さが、別の方向に向いてくれていたらと思わないこともないのだが、歴史に「もしも」はありえんしねえ……。

 さて、昭和天皇の黙認後。日本軍は、宣戦布告なき対イギリス開戦や、「日タイ友好和親条約」違反など、さらにますます、国際法違反を積み重ねていった。そして、日本軍の最高責任者、昭和天皇は、アメリカ軍の政治的思惑から、東京裁判を免れた。

 ちなみに、1937年から1945年までに日本国が推進した性奴隷制度(従軍慰安婦制度)は、「ハーグ陸戦条約」(1907年)、「婦人児童売買禁止条約」(1921年)、「ジュネーブ条約」(1929年)、「ILO強制労働条約」(1930年)、慣習法化していた「奴隷条約」(1926年)に違反していたとの指摘がある(『Q&A 女性国際戦犯法廷「慰安婦」制度をどう裁いたか』VAWW-NETジャパン編)。倫理的に問題があるだけでなく、あまりにも明白な国際法違反だったわけである。

 それから半世紀あまり。21世紀を迎えた今、時代は変わったか?
 残念ながら、「否」と言わざるをえない。アフガン・イラク侵略戦争での、アメリカ軍の住民虐殺や捕虜虐待、劣化ウラン弾の使用(どれもジュネーブ条約の違反行為だ)などを見れば、結局、「勝てば官軍」「法はあるけど違反はし放題」の時代が、今も続いていると言うしかない。ICC規程の効力が及ばないところでは。

 戦争被害の抑止と戦争抑止に向けた20世紀後半以降の動きを無に帰させぬためにも、世界を19世紀から20世紀前半の弱肉強食の時代に先祖がえりさせないためにも、
 「19世紀にカエル軍団」
19kaeru
の進軍を、止めねばならない。
 そのためには、やはり、戦争犯罪などを公正に裁き、責任者たちにきっとり責任をとらせ、国際人道法に実効性を持たせる仕組みが必要だ。
 そして、その仕組みであるICCは、すでに設立されているのである。さあ、どうする!?
Kaerugundan

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第1章 抑止力としてのICC〜ICCの傘の下へ移動せよ!/3.ICCが裁く犯罪のリスト

 ICCが裁ける犯罪には、どんなものがあるのか?
 ICC規程第5条から第8条、そしてその付属文書「犯罪の要素」から書き出すと、次のようになる。

▼「ジェノサイドの罪」:国民的、民族的、人種的または宗教的なグループの全部または一部を破壊する意図で行われる、以下の行動。
(1) グループ構成員の殺害
(2) 肉体的または心理的に重大な傷害<~害, 損傷, 傷害, 危害, 害悪harm>を与えること
(3) 身体の破壊をもたらすよう計画された生活条件を故意に課すこと
(4) 出生を妨げる意図の措置を課すこと
(5) 子どもの強制移送<~transfer>

▼「人道に対する罪」:文民である住民に対する広範なあるいは組織的な指揮された攻撃の一部として、攻撃であると認識して<~with knowledge of>行われる、以下の行為。
(1) 殺人
(2) 殲滅
(3) 奴隷にすること
(4) 住民の国外追放または強制移送<~transfer>
(5) 監禁<~imprisonment>その他身体的自由の重大な剥奪
(6) 拷問
(7) 強姦
(8) 性的奴隷化
(9) 売春強制
(10) 強制妊娠
(11) 強制不妊
(12) 上記(7)から(11)までと同等に重大な性的暴力のすべて
(13) 迫害
(14) 強制失踪
(15) アパルトヘイト
(16) その他の非人道的行為

▼「戦争犯罪」
1.「国際的武力紛争」の文脈の中で、それと関係して行われる、1949年8月12日のジュネーヴ諸条約の重大な違反行為、すなわち、ジュネーヴ条約の関連条項によって保護される人や財産<~property>に対して行われる、以下の行為。
(1) 故意による殺人
(2) 拷問
(3) 非人道的扱い
(4) 生物学的実験
(5) 故意による、重大な苦痛・傷害

の惹起<~causing>
(6) 財産の破壊と徴発
(7) 敵対勢力の軍務の強制
(8) 公正<~fair>な裁判の拒絶
(9) 不法な国外追放と移送<~transfer>
(10) 不法な抑留<~confinement>
(11) 人質をとること

2.「国際的武力紛争」の文脈の中で、それと関係して行われる、国際法の確立された枠組みの中で国際的武力紛争に適用される法または慣習のその他の重大な違反、すなわち、以下の行為。
(1) 文民への攻撃
(2) 民用物<~civilian object>への攻撃
(3) 人道支援活動または平和維持任務に関係する人または物に対する攻撃
(4) 過度の副次的殺傷または損害の惹起
(5) 無防備地域への攻撃
(6) 戦闘力を失った人(hors de combat)の殺害または傷害<~wounding>
(7) 休戦旗の不適当な<~proper>使用
(8) 敵の旗、記章または制服の不適当な<~proper>使用
(9) 国際連合の旗、記章または制服の不適当な<~proper>使用
(10) ジュネーブ諸条約が定め<~>る識別のための標章<~distinctive emblem>の不適当な<~proper>使用
(11) 占領地域への文民移送

(12) 占領地住民の追放または移送

(13) 宗教、教育、芸術、科学または慈善目的に供される<~dedicated,専用の>建物や、歴史的な記念物、病院や傷病者が集められる軍事目標

以外の場所への攻撃
(14) 身体切断
(15) 医学的または科学的実験
(16) 背信的な殺害または傷害<~wounding>
(17) 助命の拒絶
(18) 敵の財産<~property>の破壊または押収<~seize>
(19) 敵対勢力の国民からの、権利と訴訟提起権<~action>の剥奪
(20) 軍事作戦への参加強制
(21) 略奪
(22) 毒または毒を施した兵器の使用
(23) 使用が禁止されているガス、液体、物質、装置の使用
(24) 使用が禁止されている弾丸の使用
(25) 武器、投射物、物質、方法で、国際刑事裁判所規程の付属文書に列挙されたものの使用
(26) 人格的尊厳の蹂躙(とりわけ侮辱的で面目を失わせる待遇をすること)
(27) 強姦
(28) 性的奴隷化
(29) 売春強制
(30) 強制妊娠
(31) 強制不妊
(32) ジュネーヴ諸条約の重大な<~grave>違反を構成するその他すべての性的暴力
(33) 保護される人びとを楯にすること
(34) ジュネーヴ諸条約が定め<~>る識別のための標章<~distinctive emblem>を使用している物体または人への攻撃
(35) 戦争の手段としての飢餓
(36) 子どもの使用、徴兵、兵籍編入

3.「国際的性質のない武力紛争」の中で、それと関係して行われる、国際的武力紛争に適用されるジュネーヴ4条約の共通第3条または慣習のその他の重大な違反、すなわち、戦闘行為<~hostilities>に積極的に参加しない人びと(軍隊の構成員で武器を放棄した者、病気、負傷、抑留その他の原因<~cause>により戦闘外に置かれた者を含む)に対する、以下の行為。
(1) 生命<~life>や身体<~person>に対する暴力
(2) 殺人
(3) 身体切断
(4) 残虐な扱い
(5) 拷問
(6) 人格的尊厳の蹂躙(とりわけ、侮辱的で面目を失わせる待遇をすること)
(7) 人質をとること
(8) 適正手続を経ない刑の宣告と執行

4.国際法の確立された枠組みの中で、「国際的な性質のない武力紛争」に適用される法または慣習のその他の重大な違反、すなわち、以下の行為。
(1) 文民への攻撃
(2) ジュネーヴ諸条約が定め<~>る識別のための標章<~distinctive emblem>を使用している物体または人への攻撃
(3) 人道支援活動または平和維持任務に関係する人または物に対する攻撃
(4) 宗教、教育、芸術、科学または慈善目的に供される<~dedicated,専用の>建物や、歴史的な記念物、病院や傷病者が集められる軍事目標

以外の場所への攻撃
(5) 略奪
(6) 強姦
(7) 性的奴隷化
(8) 売春強制
(9) 強制妊娠
(10) 強制不妊
(11) ジュネーヴ諸条約の重大な<~grave>違反を構成するその他すべての性的暴力

(12) 15歳未満の子どもの使用、徴兵、兵籍編入
(13) 文民の移動<~displacement>
(14) 背信的な殺害または傷害<~wounding>
(15) 助命の拒絶
(16) 身体切断
(17) 医学的または科学的実験
(18) 敵の財産<~property>の破壊または押収<~seize>

▼「侵略の罪」(こちらを参照されたし)

 お、おぬし、読み飛ばしたな!
 せっかくのリストを、読み飛ばしたなあっ!
Yomitoba

 ……。
 まあ、仕方がない気がするので、ポイントを、マンガ化してみた。ご覧いただきたい。

 

「Special Comic ネズミ〜皇帝危機一髪 ICCの罠<国際刑事裁判所の脅威>」


 いかがだったろうか?

 ……。
 ICCが裁く犯罪のリストを眺めているとき、あるいは、「ネズミ〜皇帝危機一髪」を読んでいるとき、どんな考えが頭をよぎっただろうか?
 本や新聞で読んだ、あるいは映画やテレビで観た、具体的な事件を思い浮かべた方もいるのではないか。リストに並んでいるのは、どれ1つとして、単なる空想の産物ではない。19世紀末から20世紀にかけての世界各地の戦争、武力紛争で人類が行ってきた、野蛮行為の数々なのだ。

 ICC規程の犯罪リストを見ていると、

「戦争を2度と繰り返すな」

 という、戦争犠牲者たちの怨念にも似た訴えが、どこからともなく、聞こえてこないかい?

Onryo

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第1章 抑止力としてのICC〜ICCの傘の下へ移動せよ!/【豆知識6】「文民」と「文民たる住民」

 ここで言う「文民」と「文民たる住民」とは何か。
 ジュネーブ条約「第1追加議定書」の第50条第1項をかみくだいて説明すると、「文民」とは、次にあげる以外の者、だ。

(1) 「紛争当事者の軍隊」の構成員。「紛争当事者の軍隊」とは、部下の行動についてその紛争当事者に対して責任を負う司令部の下にある、組織され武装した戦力、集団、部隊すべてからなる。その紛争当事国を代表する政府または当局が、敵対する紛争当事者によって承認されているか否かは無関係。「紛争当事者の軍隊」の構成員(第3条約第33条の衛生要員と宗教要員を除く)は、戦闘員であり、すなわち、戦闘行為(敵対行為)に直接参加する権利がある。
(2) 紛争当事国の軍隊の一部をなす民兵隊または義勇隊の構成員。
(3) 紛争当事国に属するが「その軍隊」の一部ではない民兵隊、義勇隊、組織的抵抗運動体の構成員で、(a) 部下について責任を負う1人の者が指揮している、(b) 遠方から認識できる識別標章を付けている、(c) 公然と武器を携行している、(d) 戦争の法規と慣習に従って作戦行動をしている、という4つの条件を満たしている者。
(4) 正規の軍隊の構成員で、その者を捕らえて抑留している国が承認していない政府または当局に忠誠を誓った者。
(5) 占領されていない領域の住民で、敵接近にあたり、正規の軍隊を編成する時日がなく、侵入する軍隊に抵抗するために自発的に武器を取る者。ただし、それらの者が公然と武器を携行し、かつ、戦争の法規と慣習を尊重する場合に限る。

 かみくだいて説明って、うそだって? そんなことはないのだが、たしかにこれでもわかりづらい。簡単に図示してみよう。
Bunmin

 ちょっと読みづらいかも知れないが、上記説明とあわせて見れば、だいたいの感じはつかめると思う。灰色部分が、上記説明の(1)から(5)までを表している。そして、灰色以外が「文民」というわけだ。

 なお、「文民たる住民」とは、文民であるすべての者からなる住民であり、「文民」に該当しない者が「文民たる住民」の中に存在していても、その「文民たる住民」から「文民」としての性質は失われない(第50条第2項、第3項)。そして、「文民」は、「戦闘行為(敵対行為)」に直接参加していない限り、「文民」としての保護を受ける。

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第1章 抑止力としてのICC〜ICCの傘の下へ移動せよ!/【豆知識7】戦闘行為と敵対行為

 本書で言う「戦闘行為(敵対行為)」は、英文では「hostilities」。防衛庁ウェブサイトの訳文をはじめ、国際法の専門書の中でも「敵対行為」と訳されることが多いようだ。
 しかし、「敵対行為」と言うと、デモや口頭での抗議、ビラまきなど平和的な抵抗、平和的レジスタンスも含まれるような響きがある。そして、

 「紛争当事者の軍隊」の構成員(第3条約第33条の衛生要員と宗教要員を除く)は「戦闘員」であり、すなわち、「敵対行為(hostilities)」に直接参加する権利がある(「第1追加議定書」第43条第2項)。

 などと言われると、武力によらない平和的抵抗運動も、「戦闘員」の専売特許で、「文民」にはできないように聞こえてしまう。

 だが、そんなことはなかろう。

 だって、もし「組織的抵抗運動体」の構成員が平和的レジスタンスを行うには「文民」でない状態(=「戦闘員」である状態)でなければならないとしたら、つまり(a) 部下について責任を負う1人の者が指揮している、(b) 遠方から認識できる識別標章を付けている、(c) 公然と武器を携行している、(d) 戦争の法規と慣習に従って作戦行動をしている、という4つの条件を満たす状態でなければならないとしたら、どうなるか? ビラ作りやビラまきはもちろん、占領軍の無理難題を非暴力的に拒絶することや、不服従を貫くことすら、この4条件を満たしつつ行わねばならないことになる。しかも、その最中は、敵から「戦闘員」として射撃される危険を負わねばならないのだ。これは、ちょっとナンセンスだろう。

 そこで本書では、「hostilities」を「戦闘行為(敵対行為)」と訳すことにした。「hostilities」は必ずしも銃のドンパチのような「戦闘行為」に限られないのかも知れないが、「hostilities」に平和的レジスタンスは含まれない、というニュアンスを出すためだ。

 なお、国際人道法関係の解説が詳しいICRC(国際赤十字委員会)の英語版ウェブサイトに「Conduct of hostilities」というタイトルのセクションがあり、そのタイトルは「戦闘で敵を殺傷する行為」と訳すべきものと思える。

 また、手元にあるちょっぴり古めの『LONGMAN DICTIONARY OF CONTEMPORARY ENGLISH』)では、「hostilities」は、「acts of fighting in war」となっている。「fight」をどう解釈するにもよるだろうが、本書の訳で、ニュアンス的には問題あるまい。

てなことを書いてみた後、こんなことがわかりましたっ!!!

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第1章 抑止力としてのICC〜ICCの傘の下へ移動せよ!/【豆知識8】侵略の罪

 ICCが裁く「侵略の罪」の内容は、まだ確定されていない。
 だが、「侵略の定義に関する決議」なるものが、国連総会で1974年に採択されている。参考にあげておこう。

(第3条)
 以下の行為はいずれも、宣戦布告の有無に関わりなく、第2条の条項に従うことを条件として、侵略行為とする。
(a) ある国家の武装兵力による、他国の領域に対する侵入または攻撃、または、一時的なものであってもこのような侵入または攻撃の結果もたらされた軍事占領、または、他国の領域の全部または一部の武力行使による併合
(b) ある国家の武装兵力による、他国の領域に対する砲爆撃、またはある国家による他国の領域に対する兵器の使用
(c) ある国家の武装兵力による、他国の港または沿岸の封鎖
(d) ある国家の武装兵力による、他国の陸軍、海軍、空軍、船隊または航空隊に対する攻撃
(e) 受入国との合意に基づいてその国の領域内にある武装兵力の、その合意で定められている条件に反する使用、または、その合意終了後の受入国領域内にでの駐留継続
(f) 他国の使用に提供した自国の領域を、その他国が第三国に対する侵略行為を犯すために使用することを許容する国家の行為
(g) 上記の諸行為に匹敵する重大性を持つ武力行為を他国に対して実行する武装部隊、グループ、不正規兵または傭兵の国家による派遣、または国家のための派遣、または、このような行為に対する国家の実質的関与
(第4条)
 前条に列挙された行為は網羅的なものではなく、安全保障理事会は、その他の行為が憲章の条項により侵略を構成すると決定できる。

 なお、この「侵略の罪」については、たとえICC規程にもとづいて定義されたとしても、具体的な事件が侵略にあたるかどうかは、結局、国連の安全保障理事会が決定することになるので、ICCの力が本当に発揮できるのか疑わしい、との懸念が表明されている(国連憲章第39条とICC規程第5条第2項。「シリーズ 国際人権・随想3 国際刑事裁判所」安藤仁介、『GLOBE 2003秋』)。

 たしかに、自分の国の行動に対する非難決議案が提出されたときに拒否権を行使できる「常任理事国システム」がある限り、「侵略の罪」をめぐるICCの活動には困難が予想される。

 でもまあ、ICCのような斬新な試みが、最初からすべて問題なくうまく機能すると期待するのもなんではある。

 こうした懸念を克服する方策を考えながら、地道にしっかり、ICCを育てるために力を尽くすのが、きっと正しい道だろう。「侵略の罪」がどうであれ、人道被害のかなりの部分は、他の条項で十分に抑止できるのだから。

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第1章 抑止力としてのICC〜ICCの傘の下へ移動せよ!/4.抑止力としてのICC!/ 国連憲章の「平和主義」

◎ 国連憲章の「平和主義」

 ところで、国際連合憲章は、武力攻撃を受けた国が、単独であるいは集団的自衛権に基づいて行う自衛戦争のみを認め、侵略戦争はもちろん、先制攻撃すら違法としている。そして、いかなる場合も、武力行使を慎み、平和的手段で、正義と国際法の原則に従って紛争解決に努めることを、加盟国に求めている。

国連憲章
第1条(目的)
 国際連合の目的は、次の通りである。
1 国際の平和および安全を維持すること。そのために、平和に対する脅威の防止および除去と侵略行為その他の平和の破壊の鎮圧とのため有効な集団的措置をとることならびに平和を破壊するに至るおそれのある国際的紛争または事態の調整または解決を平和的手段によってかつ正義および国際法の原則に従って実現すること。
2 人民の同権および自決の原則の尊重に基礎をおく諸国間の友好関係を発展させることならびに世界平和を強化するために他の適当な措置をとること。
3 経済的、社会的、文化的または人道的性質を有する国際問題を解決することについて、ならびに人種、性、言語または宗教による差別なくすべての者のために人権および基本的自由を尊重するように助長奨励することについて、国際協力を達成すること。
4 これらの共通の目的の達成にあたって諸国の行動を調和するための中心となること。
第2条(原則)
 この機構およびその加盟国は、第1条に掲げる目的を達成するにあ当たっては、次の原則に従って行動しなければならない。
1 この機構は、そのすべての加盟国の主権平等の原則に基礎をおいている。
2 すべての加盟国は、加盟国の地位から生ずる権利および利益を加盟国のすべてに保障するために、この憲章に従って負っている義務を誠実に履行しなければならない。
3 すべての加盟国は、その国際紛争を平和的手段によって国際の平和および安全ならびに正義を危うくしないように解決しなければならない。
4 すべての加盟国は、その国際関係において、武力よる威嚇または武力の行使を、いかなる国の領土保全または政治的独立に対するものも、また、国際連合の目的と両立しない他のいかなる方法によるものも慎まなければならない
5 すべての加盟国は、国際連合がこの憲章に従ってとるいかなる行動についても国際連合にあらゆる援助を与え、かつ、国際連合の防止行動または強制行動の対象となっているいかなる国に対しても援助の供与を慎まなければならない。
6 この機構は、国際連合加盟国でない国が、国際の平和および安全の維持に必要な限り、これらの原則に従って行動することを確保しなければならない。
7 この憲章のいかなる規定も、本質上いずれかの国の国内管轄権内にある事項に干渉する権限を国際連合に与えるものではなく、また、その事項をこの憲章に基く解決に付託することを加盟国に要求するものでもない。ただし、この原則は、第7条に基く強制措置の適用を妨げるものではない。
第33条(平和的解決の義務
1 いかなる紛争でもその継続が国際の平和および安全の維持を危くするおそれのあるものについては、その当事者は、まず第一に、交渉、審査、仲介、調停、仲裁裁判、司法的解決、地域的機関または地域的取り決めの利用その他の当事者が選ぶ平和的手段による解決を求めなければならない。
2 安全保障理事会は、必要と認めるときは、当事者に対して、その紛争を前記の手段によって解決するように要請する。
第51条(自衛権)
 この憲章のいかなる規定も、国際連合加盟国に対して武力攻撃が発生した場合には、安全保障理事会が国際の平和および安全の維持に必要な措置をとるまでの間、個別的または集団的自衛の固有の権利を害するものではない。この自衛権の行使にあたって加盟国がとった措置は、ただちに安全保障理事会に報告しなければならない。また、この措置は、安全保障理事会が国際の平和および安全の維持または回復のために必要と認める行動をいつでもとるこの憲章に基く権能および責任に対しては、いかなる影響も及ぼすものではない。

 なんとなく、この国連憲章も読み飛ばされたような気がするが、まあ、いいだろう。要するに、国連憲章は、戦争を基本的に違法なものとし、紛争の平和解決を原則としていること、そしてそこに、日本国憲法の「平和主義」に通じるものがあること。以上を肝に銘じてくれれば、ひとまず十分だ。
Joshiki

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第1章 抑止力としてのICC〜ICCの傘の下へ移動せよ!/【豆知識9】戦争は人間のサガ?

 「戦争は、人間の本能に基づくものだ! だから人間は戦争をやめられないのだ〜!」

 なんだか、もっともらしく聞こえる理屈である。もしこれが真理なら、戦争の根絶どころか抑制すら、きわめて困難な話ということになる。実際、学校で習う日本史にしろ世界史にしろ、年表は戦争で埋め尽くされている。マンガやゲームや映画でも、戦争を扱ったものは人気が高いようで、手を変え品を変え、次々につくられている。それを思うと、

 「戦争は、やっぱり人間の本能であって、悲惨な事態を生むことがわかっちゃいるけど、やめられないのだ」

 という意見に、思わず納得してしまいそうになるが、あいや、待たれい。文化人類学者のマーガレット・ミードは、南太平洋の西サモア人を調査した結果、まったく別の結論を出している。

 ミードの調査によれば、なんと、西サモア人は、戦争のような制度的暴力による紛争解決手段を持っていなかったというのだ。
 戦争のない文化の存在。この事実から、ミードは、戦争は生物学的必然ではなく、社会的発明である、との結論を導き出した、のだそうな(『ウルトラマン新研究 その「戦争と平和」論概説』グループ「K-76」編、p57)。

 戦争が生物学的必然でないのなら、社会的発明であるのなら、それを抑えこむことはけっして不可能ではない。たとえば、相互の交渉と妥協によって、戦争に替わる他の解決手段を模索することは、単なる無駄骨とは言い切れないのだ。

 ミードの説だけでは納得できない方もいるだろう。だが、彼女のような主張は、実は珍しくもなんともないようだ。『未開の戦争、現代の戦争 現代人類学の射程』(栗本英世・著、岩波書店)によれば、たとえば、ブロニスロウ・マリノフスキーは、1941年に発表した論文で、個人の怒りや暴力は、生物学的ではなく文化的問題であること、戦争は個人間ではなく、政治的単位である集団間の闘争であることを主張。また、1986年には、社会科学と自然科学のさまざまな分野の学者たちが、世界各国からスペインのセビーリャに集まり、「暴力に関するセビーリャ宣言」を採択した。この宣言は、暴力と戦争に関する4項目、「(1)戦争や暴力的行動は遺伝的にプログラムされている。(2)自然淘汰の過程で、攻撃的行動が進化した。(3)人間は『暴力的な脳」を持つ。(4)戦争は「本能」、あるいは単一の動機によって引き起こされる。」「科学的に正しくない」ことを述べたもので、後に、アメリカ人類学会、アメリカ心理学会、デンマーク心理学会、ポーランド科学アカデミー、スペイン・ユネスコ委員会、メキシコ生物人類学会などでも採択されたのだとか。

 実際、「人類の歴史は戦争の歴史」と言われることがあるとしても、20世紀の2つの世界大戦でも、実際に戦っていたのは、全人類、全国家の一部でしかなかった。アメリカでさえ、国民の大半は、当初は参戦を嫌がっていたのだ。

 これまでの歴史の中で、はたしてどれほどの人たちが、戦争を心から望んできたのか。戦闘に参加した人の多くも、社会的・経済的システムの力で、否応なく参戦させられていたのではないか? 進んで参加したように見える人も、他の時代、他の社会に生まれていたら、どうだったろう?

 人間の歴史に戦争はつきものだったかも知れない。たしかに、たとえば、日本の歴史の中から戦国時代だけを取り出して眺めてみれば、戦争は人間のサガであり、永遠になくならないもの、という結論にたどり着くのは、むずかしくあるまい。だが、その戦国の世も、江戸幕府という「戦争を抑止する権力」が確立することで、終止符が打たれ、長い間、戦乱は抑えられた。

 やはり、ミードが言うように、戦争を抑制するシステムをつくることは可能だ。そして、ICCは、その新たなシステムに育ちうる。

 とまあ、以上のような観点からも、紛争の平和的手段による解決を原則とする国連憲章は、やはり尊重すべきルールに思うのだが、国連査察も終わらぬうちにイラク攻撃に踏み切ったアメリカ政府を即座に支持した日本の政治家や報道関係者、文化人たちの程度は、いかに?

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第1章 抑止力としてのICC〜ICCの傘の下へ移動せよ!/4.抑止力としてのICC!/ ICC規程が好戦国を縛る!

 さて、このような国連憲章の下で、ICC規程のリストにあげられた犯罪に手を染めずに行える他国領域への攻撃、というものを、皆さん、想像してみてほしい。
 どんなものがあるだろうか? ネズミ〜皇帝とその防衛大臣でなくとも、非常に頭を悩ます難問だろう。
Nayami

 私が思いつくのは、たとえば、文民のいない海上や無人の広野で、軍隊同士が、国際法規に則った武器と戦法を駆使して行う、軍同士の決戦。
 あるいは、明らかに周囲から孤立した軍事目標への攻撃。
 ……こういったものに限られてしまう。

 つまり、ICC規程が適用される状況下では、イラク侵略戦争のような、20世紀型の総力戦、敵国都市への空爆や敵国都市での市街戦などは、極めて限られた場合以外(と言っても、そんな場合があるとはちょっと思えないのだが)、その遂行自体が犯罪として処罰されかねないのだ。

 このことから推論できるのが、日本がICC規程を批准すれば、日本から侵略戦争をしかけていくか、日本がわざと緊張を高めておいて相手の侵略を誘発するかしない限り、わざわざ日本本土を先制攻撃しよう、などという国は、まずいなくなる、ということだ。

 なぜなら、他国に戦争をしかけようなどという政治家は、少しでもまともな判断力があれば、ICCで裁かれるのを恐れ、ICC規程を批准した国に戦争をしかけるようなお馬鹿なことはしないからだ。そして、また、他国に戦争をしかけようなどという政権は、ICC規程を批准しようとはしない。

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第1章 抑止力としてのICC〜ICCの傘の下へ移動せよ!/【豆知識10】大笑い「国民保護法」(「国民保護を反故にする法律」?)

 2004年9月、「武力事態等における国民の保護のための措置に関する法律」、通称「国民保護法」が、いよいよ施行された。
 それに先立つ2004年8月、日本政府は、「国民保護法」に基づく「国民保護計画」作成にあたって、「日本有事」の「武力攻撃事態」を、

 (1)弾道ミサイル攻撃
 (2)航空機による攻撃
 (3)地上部隊の上陸
 (4)ゲリラや特殊部隊による攻撃

 の4つに分類する「基本指針」を作る、と発表している。

 これをICC規程との関連で見てみると、「(1)弾道ミサイル攻撃」「(2)航空機による攻撃」は、世界最強のハイテク兵器を備えたアメリカ軍のピンポイント攻撃ですら誤差がありすぎる現状では、日本のような人口密集国への攻撃は「軍事目標主義」の違反だと判断される可能性が大きい。「(3)地上部隊の上陸」も、やはり民間人を巻き込む可能性が小さくないし、そもそも軍隊の日本上陸自体が、日本側の先制攻撃に応じたものでない限り、国連憲章の下では明らかに違法だ。

 となると、ICC規程の犯罪リストにひっかからずに「攻撃国」側ができる正当な攻撃と言えば、「(4)ゲリラや特殊部隊による攻撃」を明白な軍事目標に対して、日本の先制攻撃に応じてやり返すこと、となる。そして、ゲリラや特殊部隊の攻撃に対応できるのは、軍隊なんかではなく、いくぶん重装備の警官隊や、対テロ用の特殊部隊だ。対処するには、戦車もいらん空母もいらんミサイル防衛(MD)システムなどとことん論外空中給油機や戦闘機だって無用の長物。ただでさえ「火だるま状態の借金国家」が、貴重な財源を使うべき品目ではない。

 しかも、ぶっちゃけた話、「世界的規模の武力紛争が生起する可能性一層遠のいて」おり、日本への大規模侵略の可能性「低下している」ことは、2004年版『防衛白書』ですら認めている。

 まあ、そういう状況だからこそ、既得予算を確保しさらには権益を拡大していくために、防衛庁や軍需産業の「死の商人」の皆さんが、「海外派兵」を自衛隊の主力任務にしよう、「武器輸出3原則」(1967年)と「全面的に武器輸出を慎む」という1976年の政府方針を見直して「武器輸出解禁して儲けさせろ!」などと躍起になっている、という流れが、はっきりとあるわけだ。武器の拡散が、各地で「人道危機」をもたらしている内戦や、大国市民相手の無差別攻撃を激化させるだけなのは、これまでのアルカイダの戦いやアフガニスタンの例からも、そして、イラクの「昔はあった」大量破壊兵器(父ブッシュたちが売り込んだ)などからも、明らかであるのに。

 「軍隊は国民を守らない。自分たちを守るだけ」

 沖縄戦の教訓が、満蒙開拓団の教訓が、歴史の彼方から今、甦る。

 ……。
 ちょっと脱線してしまったが、つまり、「国民保護法」が想定する武力攻撃事態のほとんどが、発生する可能性そのものが小さくなっている。それどころか、日本がICC規程を批准するだけで十分に抑止できるのだ。
 「国民保護法は、結局は軍隊(在日米軍と自衛隊)の活動をスムーズにするために作られたもので、国民保護には役立たないし、国民は刑罰の威嚇の下で協力を求められるだけだ」
 という批判があちこちで展開されるのも、もっともなことなのだ。

 上述の背景事情を度外視して条文を読むだけでも、同じ批判にたどり着く。
 「国民保護法」は、政府や軍隊の利益にはなっても、国民1人ひとりの保護には、悲しいほどに役立たない。しかも、「国民保護」に名を借りて、「国民」の行動を制限しようという意図が、条文からも見え見えなのだ。

 たとえば、稼働中の原子力発電所が占拠された場合、半径数百キロが、ほんの数時間で被爆する事態が起こりうるのだが、そんな事態に必要なのは、まずなにをおいても、住民の避難のはずだ。しかし、どうやって?
Hogomuri

 朝日新聞の試算では、880万人の大阪府民を避難させるには大型バス5400台をフル動員しても1週間かかるという。東京都ではどうだろう? 結局、秩序だった迅速な避難など荒唐無稽な夢物語であり、せいぜい「屋内に退避して指示を待ってください」とお茶を濁されるのが落ちだろう。原発に関しては、廃炉を進めることこそ、最善の「国民保護」策。そこに取りかかろうともせずに「国民保護」をうたうとは、いかなる了見か。しかも、この「屋内退避」は、ソフトな装いの「戒厳令」としても、使われかねない、危なげなしろものだ。もうまったくもって、なにをかいわんや。

 また、「武力攻撃事態などですよ〜」と宣言されると、あちこちで立入禁止措置などがとられる可能性があるが、その対象には、ジャーナリストたちも含まれる。となると、その立入禁止区域で何が起きても、ジャーナリズムによる監視はとどかない。起きている事態、起こされている事態は、国民の目に触れなくなって、内部告発でもない限り、永遠の闇に葬られる。(今も同じだというツッコミはまたの機会に。なお、立入禁止命令違反には罰則があり、退避命令違反に罰則はナシ。)

 さらに、「国民保護法」は、市町村レベルにも、緊急事態に対処するための計画立案を命じており、こんな、 住民保護にはほとんど役立ちそうにないものに、かなりの人員と予算が割かれる自治体にとっては、 迷惑千万。しかもそこに、自衛隊や防衛庁関係者が絡んでくるとなると……。

 まあ、要するに、「国民保護法」は「国民保護という約束を反故にする法律」、つまり「国民ほご法」でしかないのではないか、というお話だ。

 あっ、座布団持ってかないで!
Zabuton

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第1章 抑止力としてのICC〜ICCの傘の下へ移動せよ!/4.抑止力としてのICC!/ ブッシュ政権とICC規程

 他国に戦争をしかけようなどという政治家は、少しでもまともな判断力があれば、ICCで裁かれるのを恐れ、ICC規程を批准した国に戦争をしかけるようなお馬鹿なことはしない──。また、ICC規程を批准しようとはしない。

 その証拠に、イラク攻撃を狙っていた「とってもズル賢い」ブッシュ政権は、クリントン政権が進めていた批准準備(2000年12月31日に署名)をひっくり返して、ICC規程発効(2002年7月1日)直前に署名を撤回(2002年5月6日)。その前後に、ブッシュ政権が武力攻撃した相手は、ICC規程を批准していなかったアフガニスタンやイラク、つまりそこでジェノサイドの罪や戦争犯罪を犯しても、ブッシュ大統領自身がICCで裁かれる恐れのない国、だった(アフガニスタンは、2003年2月に批准)。

 さらに、ブッシュ政権は、あの手この手でICCの骨抜き化を試みてきた。ICC規程を批准した国々との間で「米兵不起訴」の2国間協定の締結活動を進めている(アフガニスタンも結んでいる)のもそうだし、2002年7月には、国連安保理決議を通して、国連平和維持活動に参加するICC規程非締約国(アメリカなど)の要員がICCで裁かれないようにと要請し、認めさせた(この要請は1年ごとに更新する腹づもりだったようだが、アブグレイブ刑務所でのアメリカ兵によるジュネーブ条約違反や戦争犯罪が発覚し国際的非難が高まった結果、2004年7月の更新は、されなかった。当然だい!)。2002年8月には、「ICCに協力してやらんもんね」「ICCに拘束されたアメリカ兵を奪回するためなら、どんな手段でも使ってやるわい!」という内容の「米軍要員保護法」(人呼んで、「ハーグ侵攻法」)を成立させた。さらにブッシュ大統領(当時)は、2004年8月、再選に向けた共和党大会でも、ICCとの対決姿勢を打ち出したという。

 国連決議違反、国際法違反の常習国家イスラエルも、やはりブッシュ政権と足並みをそろえて、批准手続から撤退した。

 ICCの抑止力は、この2つの政権の動きから見て、きわめて強力だと思えるのだが、いかが?

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第1章 抑止力としてのICC〜ICCの傘の下へ移動せよ!/4.抑止力としてのICC!/ 21世紀の7不思議にノミネート? ブレア首相の決断

 イギリスは、ICC規程を批准している。

 にもかかわらず、ブレア首相(当時)は、なにゆえ、アメリカのイラク侵略に、ああまでして付き従ったのか?

 「あんな賢そうな人がなぜ!?」
 と、ワイドショーのご近所さんインタビューみたいに思わず口走りたくもなるが、おそらくこれは、ちっとも不思議なことではない。「侵略の罪」をICCはまだ裁けないこと(仮に裁けるようになったとしても、安全保障理事会での拒否権があれば「侵略の罪」に関してはどーにでもなる、と高をくくっているのかも。ICC規程第5条2項と、国連憲章第39条、本書【豆知識8】を参照)そして、女王陛下のロイヤル・アーミーは戦争犯罪などするはずがないという、映画の「007シリーズ」を真に受けたかのごとき過信と誤信が、ブレア首相の参戦決断の背景にあった。そう思えるからだ。

 ただ、同首相にとっては残念なことに、世界の将来のためには幸運なことに、イギリス軍による捕虜虐待が明るみに出てしまった。ブレア首相の信じたであろう、ロイヤル・アーミーの規律の正しさは、砂上の楼閣、あるいは、もっと素朴に表現すると、単なる気のせいだった。戦争と軍隊の非人間的な本質を、ブレア首相は見誤っていたのではないか。そしてブレア首相は、イギリスの法律家たちによって、ICCに刑事告発されたか、されそうだとか。自ら墓穴を掘った形である。

 ブレア首相のような愚かな決断を下し、この地上に戦禍をもたらす人間を再び生み出さぬために、ICCとICC規程の締約国は、「侵略の罪」の明確で実効的な定義を、一刻も早く定めねばならない。ICC規程未批准の日本政府には、そのような忠告をする資格などもちろんありはしないが、幸いなことに、私は日本政府の関係者ではない。言いたいことを言っても、かまうまい。ビバ、自由の身!

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第1章 抑止力としてのICC〜ICCの傘の下へ移動せよ!/5.ICCの傘の下に入れば……?

 日本がICC規程を批准すれば、さまざまなメリットが期待できる。ぱっと思いついたものを、ぱあっとあげてみよう。

1.本土攻撃を受ける可能性をほとんど皆無にできる!
 ネズミ〜皇帝たちの物語、そして、前節「抑止力としてのICC!」が示すとおりである、ハイ。

2.軍縮が可能になり、予算と人材を他に回せる!
 本土防衛のための費用を最小限に抑えることが可能になり、他の分野(たとえば教育や福祉、学術研究など)に予算と人材を回すことができる。その結果、日本社会の活力増大と、暮らしやすさアップを追求できる。
 第2次大戦後の日本の高度成長の背景に、憲法9条とアメリカ様の傘の下、軽武装でいられたことがあるのを、思い出してほしい。

3.戦争加害者となる可能性を抑えることができる!
 これまでの日本は、いや、現在の日本も、国際人権条約違反の常習国だ。しかし、ICC規程を批准すれば、ネズミ〜皇帝たちがそうだったように、第2次大戦時みたいな国際法違反のオンパレードを他国で展開することは日本政府もさすがに控えるだろうから、日本自体が戦争に踏み出す危険を抑止できる。それはつまり、再び加害者になる可能性を抑えることであり、その結果、各地で無用な恨みを買う可能性も小さくなって、在外邦人の安全な暮らしと旅行、在外ジャーナリストやNGOの安全な活動の保護にもつながる。
Ansin

4.東アジア地域の安全保障体制構築を促進できる!
 日本がICC規程を批准することには、再び外国の国土を蹂躙し惨禍をまき散らすようなことを日本政府はしない、そう対外的にアピールする効果がある。小泉政権になって一層高まったアジア諸国の対日不信を、解きほぐすきっかけになる。そこから、アジア地域の非戦条約をつくるイニシアティブをとりでもすれば、日本に対する不信感の根深い国々からさえ、感謝されるだろう。戦争なんて、ほとんど誰も望んではいないのだから。
 さらには軍隊組織の国際的な人命救助隊や国際人道支援隊への転換を進めでもしたら、温暖化が加速して気象異変による自然災害が増大している昨今、 過去の罪を贖う機会も生まれていこう。救助活動や復興作業を通じて、崩れ去っていた信頼関係も再び築けよう(参照『きみはサンダーバードを知っているか もう一つの地球の守り方』サンダーバードと法を考える会・編/水島朝穂・コーディネート、日本評論社)。
 ちなみに、韓国は、すでにICC規程を批准している。日本のマスコミが報道するところの「狂気の独裁国家」との軍事的緊張の最前線にいるはずの、あの韓国が。
 その心情と現状認識とを、日本人は察し、くむべきだ。十数世紀に渡る友、隣人として、そして明治以降、とてつもない被害を与えてしまった加害者として。かの国の人びとの平和への願いを、踏みにじるべきでは、ない。

5.世界規模の、非軍事的安全保障体制構築を促進できる!
 日本がICC規程を批准し、ICCがきちんと機能するようにICCを支える決意を示し、実際にそうしていけば、その果実は東アジア諸国にとどまらず、世界中の国々が享受できる。ICCへの信頼が高まれば、ICCによる安全保障、国際人道法に基づく安全保障を、世界規模で早期に実現できるからだ。戦乱の時代に終止符を打つうえで日本は重要な役割を果たすことになり、国際社会での「名誉ある地位」も得られよう。

6.傘の修理も補強も、皆にありがたがられる!
 アメリカ様の属国としてその傘の中にいるうちは、怨みを買うのも憎しみを買うのも、アメリカ様のやり方次第だ。イラク侵略戦争で、アメリカ様にご奉仕することを選んだ日本政府は、イラクにあったせっかくの親日感情を、一気に自分でたたき壊してしまった。アメリカ様への支援は、すなわち、アメリカ様の敵にとっては、許されざる敵対行為となるのである。
 ICC規程を批准してICCという傘の下へ移動すれば、事情は異なる。戦争のためではなく平和と人道のために活動するICCを支援することは、世界中の平和を望む人たちに喜ばれこそすれ、恨まれることはない。戦争でうるおう者たち以外から、間違っても、敵対行為などと受け止められる心配はない。
 どちらを選ぶのが賢いか? 私は、後者だと思うが、あなたは?
Kasa

7.憲法の平和主義と第9条を変えなくてすむ!
 日本国憲法の前文には、次のような一節がある。

 「恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであって、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した」

 「平和ぼけ」して戦争の悲惨さを忘れてしまった好戦的な武力信奉主義の「自称」リアリスト、なんてものがこの世に存在するとすれば、そういう方たちからは、「馬鹿げた夢想だ」と足蹴にされちゃいそうな、「平和主義」だ。だが、そこには、ようやく実現したICCの基本理念と、相通じるものがはっきりと、ある。
 ICCを国の安全保障の中核に据えるなら、現行憲法の平和主義も第9条も捨てなくてすむ。第9条に愛着のある方にとっては、格別な利点だろう。

8.アメリカの属国状態から抜け出せる!
 安全保障について、アメリカの傘の下から出ることが可能になり、属国状態を発展的に解消し、アメリカと真の友人になる道がひらける。しかも、冷戦構造下でまったく死文化していた現行憲法の平和主義と第9条を、再生させることも可能になる。第9条に愛着のある方にとっては、これもまた、格別な利点だろう。

9.沖縄をはじめ各地の基地負担をなくせる!
 となると、沖縄にいつまでも米軍基地を押しつけておく、じゃなくて、置いておく理由もなくなるわけで、アメリカ様の基地を沖縄からお引き取り願うことも、難しくなくなる。長年「ヤマトンチュ」が使い捨てにしてきたウチナンチュと、対等の関係を結べるときが、ようやく、やって来るのだ。しかも、本土側の痛みをともなわずに……。おおっ、なんとすごいことでしょう。ね?

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第1章 抑止力としてのICC〜ICCの傘の下へ移動せよ!/6.イラク侵略加担を支える2つの命題にツッコミを!

 「隣の国が怖いから、強い軍隊を持たなければならない」
 「隣の国が危ない国だから、アメリカ軍に守ってもらうため、アメリカ様に忠誠を尽くさなければならない」

 有事法制の成立やイラク侵略戦争への加担を支持した人たちの多くは、こういう心情を持っているようだ。他ならぬ小泉首相(当時)も、「国連は北朝鮮から日本を守ってくれないからアメリカについていく」なんて意味のことを言っていたし。
 一国の舵取りをし一億数千万の人びとの運命を担う首相の発想としては、「あまりにも安易すぎて、救いようがないくらいに幼稚で論外」な話である。だが、政治家でも中央官僚でもない一般庶民がそういう心情を抱いてしまうのは、やむをえない面もある。なぜなら、こういう心情は、「自分の手のまったく届かないところで始められる」(ここが首相や官僚の場合とは決定的に違う)戦争という、巨大で残酷な運命から、わが身の安全を確保したいという自然な欲求から生まれてくるものだから。頭ごなしに否定できるようなものでは、けっしてない。
 それでも、まあ、次のようなツッコミを入れるくらいは、かまうまい。軍隊と安全保障にかかわる常識を問い直すことにかなり密接にかかわる話なので、参考にあげておく。

(命題1)隣の国が怖いから、強い軍隊を持たなければならない。

 ほんまに?
 隣の国は、まず、本当に軍事的脅威になっているのか?
 「脅威のおそろしさ」を伝えるその情報源は、信頼できるものなのか?
 その情報源自身の利益のために、もっとはっきり言えば商売やお役所の権益拡大のために、「脅威があるぞ〜」と煽ってるだけではないのか?

 たとえ脅威があるとしても、そこから生じる危険や被害が、軍備増強や有事法制なんかで防げるものなのか?
 軍備増強は、むしろ相手を追いつめ、暴発を招くのではないか?
 「自滅覚悟の、道連れ希望」で攻撃をしかけてこられたら、こちらの一般庶民の被害もトテツモナイものになるのではないか?
 それがテロ攻撃だったりしたら、軍隊で被害を防げることって、ほとんどないのではないか?
 世界最強の軍事大国を襲った、2001年9月11日のテロ攻撃。オウム真理教の地下鉄サリン事件。カミカゼ的な自爆攻撃。チェチェン独立闘争に関して発生した、航空機爆破や、小学校人質事件。どれも、軍隊が強ければ、防げたのか?
 結局は、憎悪とテロの連鎖に日本が巻き込まれないようにすること、戦争事態を招かないこと、それが肝心ではないのか? 戦争事態を招かないようにするうえで、本当に軍隊は必要なのか?

 たとえ軍備増強や有事体制で脅威に対抗し「安全確保」できるとしても、代わりに失われるものは、あまりに大きすぎないか?
 たとえば、ただでさえ削られっぱなしの教育や福祉の予算がますます削られることにならないか?
 福祉目的で導入されたはずの消費税だったのに、いったん徴収されはじめると、福祉関連予算は削られる一方で、政府から聞こえてくるありがたき御言葉は、「痛みを我慢」や「自己責任」の大合唱。税金もらって生き延びてきた銀行たちは例外として、実際に進んできたのは、軍事部門の増大と、警察機構の拡大ばかり。この流れを、ますます加速させた先で待っているのは、いつか来た道、民主政治の終焉ではないのか?
 軍備に頼ることは結局戦争を招き寄せ、再びの破滅に日本列島を突き落とすのではないか?
 なぜなら、軍事部門は機密を伴う。軍事部門が力を持ちはじめると、民主政治の基礎をとなるべき情報公開の流れは砕かれ、政府のプロパガンダがいかようにも国民を煽動し、戦争という袋小路に市民の暮らしを追い込んでいく……。それは、マイケル・ムーア監督の『華氏911』が描いたブッシュ政権下でのアメリカ社会の姿であり、あるいは、20世紀前半の(そして悲しいことに21世紀初頭の)日本社会のありさまではないか?

 しかも、軍備の増強は、敵と見なされた国の軍備の増強を招く。
 泥沼の軍事費投入競争あるいは軍需産業支援キャンペーンの果てにあるのは、どちらかのあるいは双方の破局、すなわち経済的あるいは軍事的な壊滅。その愚かさはまさに、倒れるまで「血を吐きながら続けるマラソン」(モロボシ・ダン)だ。
 軍拡競争の結末として、もうひとつありうるのが、双方の軍事独裁政権が談合的に敵対ポーズをとりつづけ、「敵の脅威」を喧伝することで異論を封じ込め、双方の市民生活を圧殺しつつ、だらだらと生き延びつづける、「自由なき世界」。
 どちらをとっても、万物の霊長たる賢さのかけらも見えない、愚か極まりない結末だ。そんな愚行を、さらしたいのか? 軍事以外の効果的な備えは、本当にないのか? 何か他の方法が、あるんじゃないのか?

(命題2)隣の国が危ない国だから、アメリカ軍に守ってもらうため、アメリカ様に忠誠を尽くさなければならない。

 ほんまか?
 いざという時、アメリカ様は本当に日本を守ってくれるのか?
 守ってくれるとしても、そのいざという時のために、たとえば沖縄の人たちに米軍基地の負担を我慢しろ、などと押しつけつづけるのか?
 自分たちの安穏な暮らしが、見えないところで押しつぶされる命や暮らしを犠牲にして成り立っていることに、しかもその犠牲を自分たちが国政選挙を通して支持していることに、ちったあ倫理的な葛藤とか痛みとかを感じないのか?

 ICCに背を向けるどころか、その骨抜き化をあの手この手で押し進めようとしているアメリカ様に付き従うことが、政治的に賢明なのか? 倫理的に正しいのか? 本当に日本の安全に役立ち、「テロとの戦争」に勝利して世界平和にも貢献する道なのか? 憎悪の連鎖に日本が巻き込まれる原因となるだけではないのか? 何か他の方法を探す気はないのか?

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第2章 ICCの傘に入って軍備オフ〜国際救助隊・国際人道支援隊を結成せよ!/1.「軍備オフ」への不安に答える(1)

 前章では、ICCが戦争抑止力になること、アメリカにかわる安全保障のための傘になりうることを、説明した。
 それをふまえて、本章では、

 「ICC規程を批准して、国際人道法などの国際法を楯に、日本人だけでなく日本に住むすべての人たちの安全保障を築こうよ」
 「軍縮をして、国際救助隊や国際人道支援隊の結成を進めようよ」

 と、読者の皆さまに呼びかけたいわけだが、これは「20世紀以前の常識」である「軍隊による安全保障」とはあまりにかけ離れた発想なので、即座に同意してくれる人はきっと少ないのではないか、と思う。
 そこで、予想される反論をいくつかあげて、それぞれに答えることで、同意してくれる読者を増やしたいと思うのだが、はてさて、この試みは成功するか……? しばらくおつきあいください。

(その1)
 ICC規程を批准してICCの傘の下に入って、そいでもって軍隊を縮小するって言うけど、その軍隊が弱すぎて自衛のための戦闘で壊滅したり、あるいは軍隊をなくしちゃったせいで、日本のどこかを侵略軍が、すいすいす〜いとICC規程の犯罪を犯すことなく軍事占領してしまったら、どうするの? そんなこと、許せないし、何としても国の独立を確保しなくちゃダメでしょ、やっぱ?

 すでに【豆知識10】で見たように、2004年版『防衛白書』は、「世界的規模の武力紛争が生起する可能性は一層遠のいて」おり、日本への大規模侵略の可能性も「低下」している、そして、「従来の整備構想や装備体系について抜本的な見直しを行い、適切に規模の縮小」を「図る」べきだ、と冷静に分析している。また、20世紀末以降の武力紛争は、国際紛争よりも内乱のケースの方が増えている。
 また、軍隊が小さければ「侵略の罪」を犯すことも不可能なので、諸外国にとって脅威にはなりえず、「ブッシュ・ドクトリン」の類による「自衛のための先制攻撃」をくらう恐れも極めて小さい。
 こういった状況や事情をふまえると、外国軍による日本の軍事占領など、まずありえない事態であり、日本の政府がきちんと外交能力を発揮しさえすれば、簡単に回避できる事態だと思う。が、まあ、可能性がゼロとは言えないのも、また、たしか。
 仮にそういう事態が起きた場合、やはり国際法を駆使することで、独立保持への闘いはできる。
 まず、占領に関する国際法を見てみよう。

ハーグ陸戦条約

 まず、「ハーグ陸戦条約(陸戦の法規慣習に関する条約)」(1907年)の第3部「敵国領土における軍の権力」は、占領者に対して、以下の義務を定めている。

「ハーグ陸戦条約」
(43条) 公共の秩序と安全を回復し確保するために、できるだけ、措置をとる。その際、絶対的な支障がない限り、被占領国の現行法を尊重する。
(44条) 被占領地の住民に、被占領側交戦者の軍隊や防御についての情報提供を強制してはならない。
(45条) 被占領地の住民に、敵対権力への忠誠宣誓を強制してはならない。
(46条) 家族の名誉と権利、人命、私有財産、宗教的信念と宗教的実践を、尊重しなければならない。
(46条) 私有財産は没収できない。
(47条) 略奪は、公式に禁止する。
(48条) 被占領国の利益のために租税、賦課金、関税を課すときは、できるだけ、被占領国の現行法によらなければならない。この場合、占領者は、被占領地の合法的政府が義務を負っていたのと同じ範囲で、被占領地の行政費用を支払わなければならない。
(49条) 48条以外の軍税の徴収は、軍のため、または被占領地の行政のためにのみ、行える。
(50条) 連帯責任も単独責任も認められない個人の行為について、住民に対して一般の刑罰や罰金を課してはならない。
(51条) 軍税は、総指揮官の責任で、書面による命令で徴収しなければならない。軍税は、できるだけ、被占領地の現行租税の評価と税率の規則に従って徴収しなければならない。徴収時に、領収書を交付しなければならない。
(52条) 物品徴発とサービスの提供は、占領軍の需要のためでなければ、自治体や住民に要求してはならない。物品徴発とサービスの提供とは、被占領地域の資力に見合ったものでなければならない。サービスと言っても、自国に対する軍事作戦に参加させるような性質のものは、課すことができない。物品徴発とサービスの提供の要求には、被占領地域における司令官(コマンダー)の許可が必要である。
(52条) 物品徴発の代価は、できるだけ現金で支払う。即金で払えないときは、領収書を交付し、できるだけ速やかに、金銭を支払う。
(53条) 被占領国の財産である現金、基金、有価証券、そして、一般的に被占領国に属して軍事作戦に使用されうる貯蔵兵器、移送手段、備品と軍需品のみを、押収できる。
(54条) 海戦法が適用される場合を除き、私人に属するものでも、報道の伝達や人または物品の輸送のための機器、貯蔵兵器、軍需品は、押収できる。ただし、平和が回復したときに、回復して補償を決定しなければならない。
(54条) 被占領地と中立地とをつなぐ海底ケーブルは、絶対的な必要がない限り、押収も破壊もしてはならない。押収または破壊したケーブルは、平和が回復したときに、回復して補償を決定しなければならない。
(55条) 占領国は、敵対国内にあり敵国が所有する公共の建物、不動産、森林そして農地については、管理者かつ用益権者(利用者)とのみ見なされる。これらの財産の元金を保護し、用益権(利用権)の規則に従って管理しなければならない。
(56条) 被占領地の自治体や国の財産で、宗教、慈善、教育、芸術と科学のために供用されるものは、私有財産として扱わなければならない。これらの性格を持つ施設や、歴史的な記念物、科学と芸術の作品の押収、そしてこれらの物を故意に損傷することは、禁じられ、その違反は訴追される。

 あなた、ここもまた、読み飛ばしたわね!?
 前章で引用した国際連合憲章の条文に続いて、またしても、読み飛ばしたわね!?
 ……。
 と、一応お約束のツッコミを入れてみたが、まあ、しかたなし。
 本書のような本に引用された法律の条文っていうのは、どうしたって、そういう運命なのだ。私だって、読者なら、たぶん読み飛ばす。それにそもそも、最初に書いたように、実際に必要になることは、日本国内に関する限り、まず、ないだろうし。
 まあ、念のため、説明を続けよう。
 この「ハーグ陸戦条約」がニュルンベルグ裁判で国際慣習法と認められ、あらゆる占領者を拘束するルールになったのは、前述のとおり。だから、米英軍のイラク占領にも当然適用されるはずなのだが、ICC規程の効力が及ばないのをいいことに、アメリカ軍がやりたい放題なのは、皆さますでにご存知の通りだ。

 「ハーグ陸戦条約」を発展させ、占領地域の文民を保護する規定を詳細に定めたのが、「ジュネーブ第4条約」やその「追加議定書」だ。軽く解説してみよう。

ジュネーブ第4条約

 「ジュネーブ第4条約」は、基本は「外国籍者一般の保護」に関する条約だが、第2編「戦争の影響に対する住民の一般的保護」は、国籍などにかかわらず適用される一般原則を定めている。また、第3編「被保護者の地位および取扱い」の第3部「占領地域」にも、国籍に関係なく適用されうる条項がある。
 以下は、本書の「第3章 外国籍者・在外邦人と戦争」でも解説することだが、ここでも一通り見ておこう。ページ増やしの技ではなく、あくまで読者の便宜のためなので、そこんとこよろしく。
 まず「ジュネーブ第4条約」の第2編「戦争の影響に対する住民の一般的保護」を見る。これは、人種、国籍、宗教または政治的意見による不利な差別なく、紛争当事国の住民全体に適用される一般原則だ。

第2編「戦争の影響に対する住民の一般的保護」
(第16条) 傷病者、虚弱者、妊産婦は、特別の保護および尊重を受ける。紛争当事国は、軍事上の事情が許す限り、死傷者を捜索し、難船者その他重大な危険にさらされた者を救援しなければならず、さらに、それらの者を略奪や虐待から保護するための措置に便益を与えなければならない。
(第23条) 締約国は、以下のどれかを恐れる重大な理由がないと認めた場合、「他の締約国(敵国を含む!)の文民のみにあてられた医療品、病院用品、宗教上の行事に必要な物品からなる送付品」と、「15歳未満の児童、妊産婦にあてられた不可欠の食糧品、衣服、栄養剤からなる送付品」の自由通過を許可しなければならない。
(a) その送付品の名宛地が変えられるかもという恐れ。
(b) 管理が有効に実施されない恐れ。
(c) 敵国が、その送付品が送られてこなければ自ら供給または生産しなければならない物品の代りに、その送付品を使うことで、軍事的または経済的利益を明らかに得る恐れ。敵国が、その送付品が送られてくることで、それらの物品の生産に必要な原料、役務、設備を使用せずにすみ、軍事的または経済的利益を明らかに得る恐れ。
(第24条) 紛争当事国は、戦争の結果孤児となり、またはその家族から離散した15歳未満の児童が遺棄されないように、そして、そのような児童の生活、信仰の実践、教育が容易になされるように、必要な措置をとらねばならない。それらの児童の教育は、できる限り、文化的伝統の類似する者に任せなければならない。紛争当事国は、12歳未満のすべての児童の身元が名札その他の方法で識別できる措置に努めなければならない。
(第25条) 紛争当事国は、その領域またはその占領地域にあるすべての者がその消息を家族と伝え合えるようにしなければならない。消息の通信は、すみやかに、かつ、不当な遅滞なく送り届けられなければならない。
 紛争当事国は、家族との通信を制限する必要があると認めた場合でも、自由に選択された25の単語からなる標準書式を使用させること、およびその書式による通信の数を毎月1通に制限すること、以上の制限を課せない。
(第26条) 紛争当事国は、戦争のため離散した家族が相互に連絡を回復し、できれば再会しようとする目的で行う捜索を容易にしなければならない。特に、この事業に従事する団体が自国にとって許容し得るものであり、かつ、その団体が自国の安全措置に従うものである限り、その団体の活動を助成しなければならない。

 また、同条約の第3編「被保護者の地位および取扱い」の第3部「占領地域」にも、占領された地域の住民一般に関係するルールがある。見てみよう。

第3編「被保護者の地位および取扱い」
 第3部「占領地域」
(第50条) 占領国は、被占領国またはその現地当局の協力の下、児童の監護と教育に充てられるすべての施設のしかるべき運営を容易にしなければならない。
 占領国は、児童の身元の識別と親子関係の登録を容易にするため必要なすベての措置をとらなければならない。占領国は、児童の身分上の地位を変更したり、自国に従属する団体や組織に児童を編入してはならない。
 現地の施設が適当でない場合、占領国は、戦争の結果孤児となった児童や、両親と離別したうえ近親者や友人によって適当な監護を受けることができない児童の扶養と教育が、できる限り、その児童と同一の国籍、言語、宗教の者によって行われるように、その児童の扶養と教育のための措置をとらなければならない。
 占領国は、食糧、医療上の手当と、戦争の影響からの保護に関して、15歳未満の児童、妊産婦、7歳未満の幼児の母のために占領前に採用されていた有利な措置の適用を妨げてはならない。
(第52条) 占領国のために労働者を働かせる目的で、占領地域において失業を生じさせるための措置や、労働者の就職機会を制限するための措置は、禁止。
(第54条) 占領国は、被占領地域の公務員または裁判官が、良心に従い、その職務の遂行を避ける場合にも、その者たちの身分を変更したり、何かの制裁を加えたり、強制的措置や差別的措置をとったりしてはならない。他の理由でなら、公務員をクビにできるけど。
(第55条) 占領国は、利用できるすべての手段を使って、住民の食糧と医療品の供給を確保する義務を負う。
(第56条) 占領国は、利用できるすべての手段を使って、被占領地域の医療施設と病院、医療サービス、公衆の健康と衛生状況を、被占領国とその現地当局との協力の下に、確保し、維持する義務を負う。特に、伝染病と流行病のまん延を防止するために必要な予防措置を実施しなければならない。すべての種類の衛生要員は、その任務の遂行を許される。
(第58条) 占領国は、聖職者に対し、その者と同一の宗派に属する者に宗教上の援助を与えることを、許さなければならない。また、宗教上の要求から必要とされる書籍と物品からなる送付品を受領し、かつ、占領地域でのその送付品の分配を容易にしなければならない。
(第59条) 占領地域の住民の全部または一部に対する物資の供給が不充分な場合、占領国は、その住民のための救済計画に同意し、かつ、その使用できるすべての手段によりその計画の実施を容易にしなければならない。
(第64条〕 被占領国の刑罰法令は、それが占領国の安全を脅かすかこの条約の適用を妨げる場合に、占領国が廃止または停止しない限り、引き続き効力を持つ。占領地域の裁判所は、その任務を引き続き行わなければならない。なお、占領国は、この条約上の義務を果たし、被占領地域の秩序ある政治を維持し、かつ、占領国、占領軍、占領行政機関の構成員の安全と、その者たちが使用する施設と通信線の安全を確保するのに必要な規定に、占領地域の住民を従わせることができる。

ジュネーヴ諸条約「第1追加議定書」

 「第1追加議定書」は、国籍にかかわらぬ文民保護の規定を定めており、武力抵抗が展開されていようとなかろうと(つまり一般に言われるような「武力紛争」状態にあろうとなかろうと)、被占領地域に適用される(第1条3項)。そして、その違反行為の主なものについては、ICCが裁判できるので、詳しくは本書第1章「3.ICCが裁く犯罪のリスト」を見てほしい。


 以上の条約条文にあるように、被占領地の住民は、さまざまな権利や保護を与えられる。しかも、それだけではない。平和的な手段で占領軍の撤退を求めることができるのはもちろん、占領軍に対する武力闘争(含ゲリラ戦)も行えるのだ。

 根拠は、「国際連合憲章」(第1条)が認める、人民の「自決の権利」(と言っても、自殺の権利ではないよ)だ。自決のために占領者に抵抗すること自体は、たとえそれが武力闘争であっても、合法であり、だからこそ、ジュネーブ諸条約の「第1追加議定書」も、植民地支配や外国の占領に対して闘う武力紛争国際紛争に含める、と規定し、武力闘争への参加者正規兵同様に保護する規定を置いているのだ。

 そして、占領者は、「戦闘員」ではない者たち(つまり文民)のなす平和的レジスタンスに軍事力で対抗することは許されない。せいぜい、警察力を使える程度だ。もし占領軍の目的が、被占領地の住民の虐殺などではなく、被占領国政府に占領者の言い分を認めさせること、あるいはそこの何らかの資源を奪うこと(こういう戦争はそもそも違法だが)だとすれば、占領地で住民の抵抗が平和的手段によって続けられている間は、傀儡政権でもつくらない限り、占領者は占領目的、戦争目的を達成することができない。抵抗を軍事力で鎮圧することも許されない。

 つまり、抵抗(レジスタンス)の本質は、軍事力にあるのではない。占領に屈することなく、「自決の権利」「守ったるんや」、戦時下であっても踏みにじってはならない「人間の尊厳」「人権」「守りぬいたるねん」、「傀儡政権には協力しないもんね」、という強い決意があれば、国際法を武器に、平和的手段で、占領軍と渡り合える
Chohatsu

 この意味で、国際人道法を安全保障の核にするうえで不可欠なのが、「自決権」「人間の尊厳」「人権」「平和的解決」への信念、と言える。常日頃から、これらについて深く考えていくことこそが、占領下での平和的レジスタンスにいち早く力を与えてくれるだろう。平和的レジスタンスについては、イラクで始まっている、武力に頼らぬ「市民レジスタンス」の情報(『週刊MDS』が詳しい)や、故・阿波根昌鴻氏の『米軍と農民─沖縄県伊江島─』(岩波新書)が、参考になる。アンテナを張って、情報を集めてみてほしい。

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第2章 ICCの傘に入って軍備オフ〜国際救助隊・国際人道支援隊を結成せよ!/1.「軍備オフ」への不安に答える(2)

(その2)
 占領されても住民の生活を守る仕組みがあることはわかったけど、無人島や無人の原野をめぐる領土紛争はどう? 竹島とか尖閣諸島とか、紛争が起きそうなところ、たくさんあるじゃないか。

 外国の占領を「妨害」するのに必要なだけの警察力があれば十分。

 そもそも、国連加盟国なら、しかも、もし常任理事国入りなんかを狙うつもりがあるのなら、そのような紛争も話し合いの中で解決を図るのが、全力で追求すべき大原則だ。

 かつて近代国家関係がつくられる以前、国境などなかった時代には、また、近代以降の国境がつくられた後でも、尖閣諸島は、琉球と台湾双方の漁民たちが利用していたという。今でもそうかも知れない。
 日常の暮らしの中で培われてきた、このような利用方法は、領土紛争の解決を図るうえで、おおいに参考になる。たとえば、まず、紛争の種になりかねない地域の国際的な(と言っても、せいぜい2国間、3カ国間程度だろう)共有化を行い、次に、資源の分配をどうするか、開発のための負担をどうするか、などを交渉していく、とか。土地の平和的利用こそが、長期的な視点に立てば双方の利益になるのは、間違いないのだから。
 また、ICC規程の「侵略の罪」の定義を確定することも、領土紛争の抑止につなげうるだろう。

 領土を巡る紛争をセンセーショナルに煽りたてて、双方のナショナリズムと敵対意識の炎に油を注ぐのは、どちらの国民にとっても大きな損失だ。交流が妨げられ、うっかりしてると、どっちの社会も戦時体制に組み込まれて自由がまったく奪われていた、なんてことになりかねない。そして、それで喜ぶのは、仕事が増える軍需産業(死の商人)と軍部官僚、外敵をつくって国民の眼を自分たちの失政と無能からそらさせ誤魔化そうとする政治家、官僚たちだけだ。

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第2章 ICCの傘に入って軍備オフ〜国際救助隊・国際人道支援隊を結成せよ!/1.「軍備オフ」への不安に答える(3)

(その3)
 日本本土が安全だとしても、海外にいる日本人を守るためには軍隊が必要じゃないの?

 その理屈でいけば、世界中の国が、異国で自国籍者が何かの事件に巻き込まれるたびに、その国に向けて軍隊を派遣しその国の中で軍事活動を展開することを認めなきゃならなくなると思うが、それでいいのか? 日本にも外国の軍隊が、ガンガンやって来るぞ〜

 そもそも、たとえば在外邦人がどこかの武装勢力や犯罪組織に誘拐されたとしても、その救出のために日本から派遣された 軍隊が何かをできると期待するなど、言っちゃあ悪いが、見当違いもはなはだしい。軍隊はそもそも、人質救出作戦のプロではないし、現地の事情がよくわからないのは、今の日本の在外公館と同レベルだろう。現地の警察に任せるか、警察機構の国際的な協力を通して解決するのが、最も現実的な方策だ。

 どこかの国の内乱に巻き込まれた 日本人救出に、日本の軍隊を派遣すべきか。

 「自己責任」などと冷たいことを言えない性分の私は、思わず「はい」と言いそうになるが、第2次大戦後、内乱に巻き込まれた日本人が自衛隊が来てくれないから海外で酷い目に遭った、などという話を、寡聞にして聞いたことがない(あったら、教えてね!)。

 第2次大戦後、イラク侵略までの間、日本人ジャーナリストや日本のNGOがさしたる敵意に直面することなく海外で活動してこれたのは、「平和憲法」を掲げる日本が海外に軍隊を送ることがなかったからだ。丸腰で来る相手っていうのは、武力に頼ろうとしている連中からは、一目置かれやすいものなのだ(絶対、ではないが)。

 それに、もし世界中の在外邦人を軍隊使って救出だの保護だのするとすれば、それこそ世界中に軍隊を常時派遣しておかねば、どうにもならない。火ダルマ状態の財政赤字にトドメを刺す、とんでもない負担になるぞ。

 そもそも、領事館や大使館が、平時から現地状況に鋭くアンテナを張り巡らせ、現地政府関係者以外の人脈も広く築いておけば、内乱の切迫具合は察知できるし、在留邦人の脱出用航空チケットをあらかじめ押さえておくなど、在留邦人保護の手はずをととのえることもできる。いざ、国外への脱出が必要になった場合には、わざわざ自衛隊機を日本から派遣せずとも、その国や近隣諸国の民間機を利用することもできる。そちらの方が迅速かつ安価な場合がほとんどだろう。電話一本で手配はすむし
Reserv

 また、第3章「外国籍者・在外邦人と戦争」で見るように、「ジュネーブ第4条約」は、内乱時に、滞在している外国籍者の国外脱出を確実にするための措置を、現地政府に課している。現地政府の協力を求めることも十分可能だ。

 だいたい、在外邦人の保護、なんていう大義名分が、あまたの 侵略の口実に使われてきたという歴史を、忘れてはならない。

 9.11以降のアメリカのテロ対策もそうだが、警察機構や文官組織で対処すべき問題に軍隊を持ち出すことは、無用な混乱と戦乱を呼び寄せて、憎悪と暴力の連鎖を生むだけだ。それに、そもそも テロを根絶するには、(1)その背景にある憎悪と、その憎悪を生み出す社会構造とをどうにかするか、あるいは、(2)すべての人間の行動を細かく監視できるシステムを導入するか、しかない。どちらを選択するにしても、それは 軍隊が出てきてどうこうできる問題ではない

 外国で怨みを買うような商売をするから、その用心棒に自衛隊を使いたい、などという発想が、経済界の一部にはあるようだが、そんなものは本末転倒どころかあまりに外道。けっして許されることではない。

 要するに、ICC規程を批准すれば、莫大な軍事予算を使うことなく、せいぜい専守防衛の軽武装さえあれば、在外邦人を危険に陥れることもなく、日本で暮らす人びとの安全も十分に守れる。そして、他の分野、特に教育や福祉に予算を回すことで、社会の活力も暮らしやすさも増すことができる。
 もう一度、言う。第2次大戦後の日本の 高度成長の背景に、憲法9条とアメリカ様の傘の下、軽武装でいられたことがあるのを、思い出してほしい。イラク侵略以降、国際的に孤立を深めるアメリカ様の傘の下から出て、国際法と国際人道法、ICCの傘の下に移る方が、日本国民、日本住民の安全のためになるのだ。

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第2章 ICCの傘に入って軍備オフ〜国際救助隊・国際人道支援隊を結成せよ!/【豆知識11】世界人権宣言が提示する「テロをなくす方法」

 次にあげるのは、「世界人権宣言」(1948年)の前文だが、そこには、人権と人道危機や戦争との関係テロの発生防止に必要なことなど、今あらためて読むと、実に示唆に富むことが書かれている。第2次大戦でさんざん懲りて、狂おしい悲劇からいろいろな教訓を読みとり、これからの時代のために活かそう、後世の人たちのために残そう、と考えた先人たちの思いが、しみじみと伝わってくる。

世界人権宣言 前文
 人類社会のすべての構成員の固有の尊厳と平等で譲ることのできない権利とを承認することは、世界における自由、正義および平和の基礎を構成するので、
 人権の無視および軽蔑人類の良心を踏みにじった野蛮行為をもたらし、また、人びとが言論および信仰の自由を有し、恐怖と欠乏から解放された世界の到来が人間の最高の願望として表明されたので、
 人間が専制と圧制とに対して最後の手段として反抗に訴えざるを得ないことがないようにするためには、法の支配によって人権を保護することが肝要であるので、(筆者注:ここに、「テロ」防止方法が記されている。加えるなら「構造的暴力を解決するための試みの必要性」だろう)
 諸国民間の友好関係の発展を奨励することが肝要であるので、
 連合国の諸人民は、憲章において、基本的人権、人間の尊厳と価値、男女の同権に関する信念を改めて確認し、かつ、一層大きな自由の中で社会的進歩と生活水準の向上とを促進することを決意したので、
 加盟国は、国際連合と協力して、人権および基本的自由普遍的な尊重と遵守の促進を達成することを誓約したので、
 これらの権利および自由に関する共通の理解は、この誓約の完全な実現にとって最も重要であるので、
 したがって、ここに、(国連)総会は、
 すべての人民とすべての国民とが達成すべき共通の基準として、この世界人権宣言を公布する。それは、社会のすべての個人およびすべての機関が、この宣言を念頭におきながら、指導および教育によって、これらの権利と自由の尊重を促進させ、ならびに、加盟国自身の住民の間にも、また、加盟国の管轄下にある地域の住民の間にも、それらの普遍的かつ効果的な承認と適用を、国内的および国際的な漸進的措置によって確保するよう努力するためである。」

 赤色部分だけでも読んでね。
Sengen

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第2章 ICCの傘に入って軍備オフ〜国際救助隊・国際人道支援隊を結成せよ!/2.「軍隊による国際貢献」論のマヤカシを撃つ!

(その4)
 軍事力を縮小しても日本は安全なのは、わかった。でも、どこかの政治家が言っていたけど、世界のどこかにヒトラーみたいな悪い政治家が出てきて、その地域の人たちを殺戮しはじめたりしたら、助けに行くべきじゃない? そのためには、軍隊が必要じゃない?

 助けるべきだ。人命のために、人間の尊厳のために、あらゆる努力を傾注して、救援に向かうべきだと思う。
 「人道危機」を放置することは、まさに「人道」のために許されないと考えるし、また、「人道危機」なるものが一国のうちにとどまらず、周辺国や果ては世界中を巻き込む悲劇につながった例があるからだ。

 問題は、「人道危機」に介入する主体とその方法だ。
 そういう事態に直面したときに、どこかの国家が指揮する軍隊を、派遣するのが、本当に適切な方法なのだろうか?

 1990年代に入り、コソボでの「人道危機」に対して、NATO諸国が、空爆をする、軍隊を派遣する、という事態があった。
 国連憲章の原則で言えば、「内政不干渉」「自衛の場合以外の、国家による武力不行使」とに明らかに反するケースだ。
 この2つの原則は、20世紀前半の2つの世界大戦を経て確認されたものだ。背景には、国家主権の下にある軍隊がそういう名目で出撃するのを許してしまえば、国家間の新たな紛争の種になりえ、憎悪と暴力の連鎖を生みかねないこと、また、他国への軍事侵攻の口実とするために、「あの国の指導者はこんな残虐行為を続けている」などと宣伝吹聴し実際に派兵する国が出てきかねない、という懸念がある。妥当な原則だと思う。
 だからこそ、コソボ空爆は、「国連の安全保障理事会が正常に機能していなかったので、やむをえずになされた例外的な措置であり、先例とすべき性質のものではない」といった見解(ブルノ・ジンマなど)が出てくるわけだ。(『人道危機と国際介入』「第4章 国際介入の一形態としての暫定的領域管理」山田哲也、広島市立大学平和研究所編)。私もこの見解に賛成だ。

 ただし、「人道危機」に国際社会が介入するのは許されない、と言うのではない。なぜなら、この原則とは別に、国連憲章の目的には、「人権保障を基礎に平和を築く」ことがあり、内戦時の「人道危機」を「平和に対する脅威」としてとらえ、国連憲章第7章に基づく介入をなすべきと考えるからだ。

 もちろん、これはあくまで私個人の見解であって、逆に、そもそも国際連合という枠組み自体が、絶対的な主権を持つ国家同士の紛争解決を主眼に構築されたものなので、冷戦終結後、急激に浮上してきた内戦への人道的介入、という問題に、直接対処するための明確な規定がない、との見解もあるようだ。だが、後者の立場の人たちも、人道介入の必要性を否定しているわけではなく、「国家主権」と「人道介入」との関係をどう調節するかについて、議論が展開されている真っ最中らしい。

 まあ、ややこしい法律論は頭のかたすみにでも置いておいてもらって、本題にもどろう。

 人道介入の主体と方法としては、ICCが動きはじめた今、私は、国際人道支援隊と国際警備部隊、国際警察隊のようなものを設立し活動にあたらせることこそが望ましい、と考えている。

 「人道危機」が起きたとき、まず第1に目指すべきは、「人道危機」から人びとを救うこと。そして第2に、「人道危機」を起こしている者たちの拘束、第3に、「人道危機」をもたらした構造的問題の解決に向かうこと、だ。

 まず、「人道危機」から人びとを救うために何が必要かを考えてみると、(1)「人道危機」を引き起こしている張本人たちの攻撃を、救援対象から遠ざけること、(2)救援対象に必要な物的・人的支援を行うこと、(3)支援活動を行っている人員や支援物資を護衛すること、が基本になろう。

 このうち、通常の軍隊が実行できるのは、(1)と(3)だが、それでさえ、各国軍隊が通常の訓練の中で行っている活動とは、基本的に大きく異なる
 しかも、この(1)と(3)の活動は、「自決の原則」を最大限尊重しつつ行われねばならない
 さらに、人道介入の後に続く「平和創造」「平和定着」のプロセスを考えると、後々の紛争の種を増やさずにすむように、必要最小限の実力行使によって、なされる必要がある、かなり特殊な任務なのだ。

 これを遂行するには、上意下達で破壊と殺傷を使命とする軍隊組織とは違う、別種の組織が必要だろう。臨機応変に、武力行使を極力避けつつ、人的被害を双方に出すことも避け、あくまで、人道支援を必要としている人のために、将来の平和創造プロセスを考慮に入れて、自ら犠牲になることもいとわず、まさに人道に奉仕する組織……。消防隊や消防レスキューを発展させたようなイメージだろうか。

 そもそも各国軍隊は侵略軍の破壊と殲滅を目的として構成されているので、「人道介入」というデリケートな分野には、対処が難しいのだ。そこで、かわりに、常設の国際人道支援隊や国際警備部隊のようなものを設置し、人道介入に特化した訓練・装備を整えていく。

 また、「人道危機」を引き起こした張本人たちは、やがてICCで裁かれなければならない。そこで、「人道危機」が起これば、どのような犯罪が行われたか、調査し、証拠を集めておく必要がある。そういう任務に特化した組織として、ICCの検察局を補助できる情報収集部隊として、国際警察隊を設立する。

 3番目にあげた「構造的問題の解決」は、軍隊はもちろん、以上のような組織の活動でどーこーできるものでもないので、地域社会や国際社会全体が地道に取り組んでいくしかない。
Jindokk

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第2章 ICCの傘に入って軍備オフ〜国際救助隊・国際人道支援隊を結成せよ!/3.国際救助隊・国際人道支援隊の結成に尽力せよ!

 日本は常設の国際人道支援隊と国際警備部隊、国際警察隊、さらには国際救助隊(第1章「5.ICCの傘に入れば……?」参照)の設立にこそ、イニシアティブを発揮すべきだ。
 間違っても、軍隊派遣の道など、選んではいけない。

 「軍隊なら国旗をつけてうろつけるので国際貢献をアピールできる」

 こんな意見が政界にはあるようだが、本末転倒もはなはだしい。人道支援は、支援する側のためにするのではない。何のための支援か、もう一度考えなおすべきだ。支援を必要としている人たちのためになるのなら、国家の示威などという浅ましくも見苦しいことを、わざわざせずともかまわないではないか?

 「日本も(カネではなく私以外の)血を流すことが必要だ」

 などというネオコン政治家たちの言葉に、惑わされてはいけない。
 資本主義の世界なら、人を出さずに金を出す、それで十分だとは、かつての某漫画家の言い分だが、理にかなっている。ネオコン政治家たちは、日銭を稼ぐのにあくせくしている庶民の苦労をまったくなんと心得ておるのか!

 たとえ上にあげたような組織、機関の設立が今すぐにはできず、当面は「人道危機」に対して、国連平和維持活動(PKO)などで対応するしかないとしても、アジア諸国の人びとから日本の軍事的野心に警戒心を向けられているような現状で、軍隊派遣をこれ以上繰り返すべきではない。今の日本が踏み切ろうとしている軍隊派遣の恒久的合法化など、死の商人と関連官庁たちの利益温存・利益拡大策に他ならないことは、アジア諸国からは見透かされている。そんなものを押し進めることは、ただでさえ乖離してしまっている歴史認識を時とともにさらに激しくかけ離れさせ、永遠に修復のつかない亀裂を、近隣諸国との間に生じさせるおそれがある。

 今はまず、ICC規程を批准し、武力によらない平和構築というメッセージを、東アジア地域に、そして世界全体に向けて、遅ればせながら、発する。
 非常に遅ればせながらではあるが、人間万事塞翁が馬。「武力による国家利益の追求」のためにイラク侵略戦争に加担してしまったことの過ちを正々堂々と認めて、このようなメッセージを発信すれば、「さすがに日本も懲りたか」と、説得力を強める効果がある。

 そして、すでにICC規程を批准している韓国やフィリピン、カンボジア、東ティモール、モンゴルなどと協力して、批准国の東アジア地域での 拡大を図るべきだ。

 同時に、「軍備オフ」を進め、東アジア地域のための国際人命救助隊や国際人道支援隊を、近隣諸国と協力して結成、運営することに、予算と人材を注ぐべきだ。その試みを、上で述べた、「人道危機」に対処する国連組織の設立ともシンクロさせていく。

 こういった構想を推し進めてこそ、日本国憲法がうたい小泉首相(当時)が我田引水して使った「国際社会における名誉ある地位」を得ることができ、将来にわたって世界の人びとを戦禍から守ることもできるのだ。そうではなかろうか? ね!?

(おまけの情報というか、こちらをどうぞ!)
Furyoku

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第3章 外国籍者、在外邦人と戦争/1.「国民保護法」の憂鬱

 2004年6月、有事法制の最後の最後に、「国民保護法」と呼ばれる法律が成立。同年9月に施行された。

 私ごとで恐縮だが、私の場合、相棒(配偶者)の国籍はブラジルである。また、在日コリアンや日本への留学生、帰国した元留学生、移住労働者とその家族など、外国籍の友人、知人がおおぜいいるし、親戚の中にも、中国や欧米地域で暮らし働いている者が、幾人かいる。国際結婚した者もいる。

 私の周辺に限らずとも、日本社会で暮らす外国籍者の数は、2003年末の統計によれば外国人登録者だけでもすでに200万人近くにのぼっている。「現在のグローバリズムと呼ばれる現象」に対する評価はいろいろあるとしても、天然資源もなく食糧自給率も低く出生率も低下しまくりの日本社会が、今後も「何らかの形でのグローバリズム」の中で生きていくしかないとすれば、グローバルな人の移動にも否応なく関わることになるわけで、日本社会で暮らす外国籍者、外国出身者の数や、日本の人口に対するその割合が、今後ますます大きくなっていくのは確実だ。

 あなたの友人や家族が外国籍、といった状況も、これからますます珍しくなくなっていくだろう。

 そんな時代の行く手を塞ぐかのような、不気味な響きの「国民保護法」……。嗚呼っ!

 「国民保護法」が、「国民保護」とは名ばかりで、結局は「保護」の実効性なんて何もなくって、実は戦争準備と軍事行動とに国民を動員し協力させるのだけが目的の偽善的法律で「看板に偽りあり」じゃんか、というツッコミは、第1章で述べたとおり。

 本章では、「国民保護法」の下での「外国籍者の保護」について解説したかったのだが、条文を見てみると、外国籍者に関する規定は「外国人の安否情報の収集と照会への回答」(第96条)くらいしか、なかった。残念なことに。

 また、第174条(基本的人権の尊重)には、「緊急対処保護措置を実施するに当たっては、日本国憲法の保障する国民の自由と権利が尊重されなければならない。」とあるが、「日本国憲法の保障する国民の自由と権利」すなわち「人権」が外国籍者には「制限されたかたちでしか与えられない」というのが、これまでの最高裁判例の悲しい流れである。やはり「国民保護法」は、外国籍者の人権擁護や保護には役立ちそうもない。再び、嗚呼っ!
Fuhen

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第3章 外国籍者、在外邦人と戦争/2.外国籍者保護のための条約と在外邦人保護(1)

 日本国籍を持っている読者の皆さま。

 たとえば、自分が外国にいるときに、その国で戦争が始まってしまった。そんな状況を想像してみてほしい。中には面白がる人もいるかも知れないが、たいていの人は、非常に大きな不安に襲われるのではあるまいか。

 戦時にあって、交戦国にいる外国籍文民(とくに敵国籍の文民)ほど、不安な状況に置かれる者もないはずだ。

 とくに、在日外国籍者の場合を思うと、不安を倍加させるような状況が多すぎる。たとえば、平時の日本政府、日本社会が非欧米系外国籍者に向けているさまざまな差別の熾烈さや、入管施設での収容者への仕打ちの数々(「日本のアブグレイブ」と形容されるほどだ)、政府・警察庁や東京都知事がマスメディアと組んで多くの国民の心中に培養してきた「外国人嫌悪」感情。どれもこれも、戦時をいっそう不安にさせる材料ばかりだ。しかも、戦後一貫して日本政府が在日コリアンに向けてきた排除・抑圧の手法と、今でもことあるごとに日本社会の中から吹き出す朝鮮人バッシングなどを想い起こすと、万一、日本が北朝鮮に戦争をしかけでもすれば、在日コリアンに対してどのような弾圧が向けられるか。暗澹たる気持ちになる。
 数少ない希望のひとつが、日本政府が批准している国際人道法と国際人権条約、具体的には、「ジュネーブ第4条約」とジュネーブ諸条約「第1追加議定書」、「市民的および政治的権利に関する国際規約(自由権規約)」(1976年)だ。

 以下に、まず「ジュネーブ第4条約」で「外国籍者」に特に与えられる保護と権利のうち、ICC規程と重ならない部分を、「人種、国籍、宗教または政治的意見による不利な差別なく、紛争当事国の住民全体に適用される一般原則」も含めて、おおざっぱにではあるが、条文をかみ砕きつつ、解説しておく。ジュネーブ諸条約の「重大な違反」のうちICC規程が列挙するものについては、被害者の国籍にかかわらず、行為者処罰と責任者処罰が、そして被害者への補償と賠償命令が可能になるので、本書第1章をご参照いただきたい。続いて、補足的に、ジュネーブ諸条約「第1追加議定書」の「難民と無国籍者」に関する規定と、「市民的および政治的権利に関する国際規約」(1976年)の「国家非常事態でも制限できない人権」に関する規定も、紹介する。

 「外国人には納税とか義務ばかりを教えて、社会保険の利用法とか年金の受取方法など権利に関することは教えない

 そんな悪評ぷんぷんの日本政府は、昨今ただでさえ「単一民族妄想」に取り憑かれたかのように排外的国家主義の道を爆走しており、「ジュネーブ第4条約」に違反した場合の罰則が定められていないのをいいことに、そこに記された外国籍者の権利を告知もせず、ただひたすら人権を蹂躙しようとする……なんてことが、ありえんとは到底断言できない現実があるからだ。

 外国籍の友人や家族を持っている人は、ぜひ、「ジュネーブ第4条約」の保護について、その友人や家族と語り合ってみてほしい。聞いたこともない権利を戦時下の異国で主張するなんてことは、とてつもなく困難に違いないのだから、平時のうちに。

 また、日本人ともおおいに語り合ってみてほしい。
 こういう外国籍者保護の制度があることが日本人の間で知られれば知られるほど、戦時下で、外国籍の人たちの人権が蹂躙される恐れは小さくなるに違いないから。

 今は外国籍の友人や家族がいない人も、どうかぜひ読んでおいてほしい。
 そう遠くない将来、きっと外国籍の友人や同僚ができる日が来るはずだから。
 そして、その友人や家族との絆は、海と空を越えて、遠い異国の人たちとも、つながっている。

※ ちなみにこの条約は、日本人が海外赴任中や海外旅行中に戦乱に巻き込まれたときにも、おおいに使える。おそらく、こっちの方が使用される可能性ははるかに大きいのではあるまいか。
 その意味でも、日本国籍の皆さんも、心して、お読みあれ。

(以下の解説では、防衛庁のウェブサイトにある訳文を参考にした。ただ、同サイトの訳文には、どうも原文と違うっぽい、と感じる部分が多々あったので、適宜、英文を参照しつつ、概説を試みた。外国語を母語とする友人や家族と話をするときは、ウェブなどで、彼・彼女らの母語での正文ないし原文を見つめ、プリントしておくと良いと思う。また、省略した条項も少なくないので、他の日本語訳と見比べるのも一興であろう。風流、風流。)

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第3章 外国籍者、在外邦人と戦争/2.外国籍者保護のための条約と在外邦人保護(2)

ジュネーブ第4条約

【この条約の適用場面】

(第2条) 締約国間で戦争または武力紛争が始まったとき。締約国の領域が占領されたとき。
←日本社会が仮想敵国として恐れているらしき中国、北朝鮮、ロシアもジュネーブ条約を批准しているので、ご安心あれ。
←締約国以外との紛争の場合についても規定があるが、適用される事態が発生する可能性が極めて低いと思われるので、説明省略。

(第3条) 締約国の領域内で生じた内乱のような武力紛争。この場合、戦闘行為に直接参加しない者(文民だけでなく、武器を放棄した軍隊の構成員や病気、負傷、抑留その他の事由により戦闘外に置かれた者も)は、人種、皮膚の色、宗教、信条、性別、門地、貧富、その他類似の基準による不利な差別を受けることなく、人道的に待遇される。

【この条約の保護対象者:以下、「被保護者」】

(第4条) 「紛争当事国の国民」以外で、紛争当事国にいる者。「被占領国の国民」以外で、被占領地域にいる者。ただし、「締約国の国民」に限る。
 なお、「中立国の国民」で交戦国の領域内にいる者と、「共同交戦国の国民」は、本国が、それらの者がいる国に通常の外交代表を駐在させている間は、このジュネーブ第4条約の被保護者にならない。
←「なお」以下が何だかわかりづらいが、
 「中立国の国民」で交戦国の領域内にいる者と
 「共同交戦国(味方として戦っている国)の国民」は、
 本国が、それらの者がいる国に通常の外交代表を駐在させている間は、その外交代表が保護できるし、特別な人権制限(この第4条約が定めるものを含む)を課されるわけではないので、格別の保護は必要としない、という趣旨のようだ。裏から言えば、
 「敵国の国民」は、
 通常の外交代表が駐在しているかどうかにかかわらず、
 この第4条約の保護を受ける。ここがポイント。
 また、すでに書いたように、「被保護者」以外の保護を定めている部分もあるので、ご注意を。

【要注意事項】

(第5条) 紛争当事国の領域内で、被保護者が紛争当事国の安全に対する有害な活動を個人として行ったという明白な疑いがあること、あるいはそのような活動に従事していることを、その紛争当事国が確認した場合には、その被保護者は、「この条約に基く権利および特権」で「その者のために行使されればその紛争当事国の安全を害するようなもの」を主張できない。
←「明白な疑い」とか「確認」とかは、紛争当事国の判断でいかようにも使われかねないので、ちょっと危ない(↓【頼みの綱】を参照してください)。
 被占領地域内で、被保護者がスパイまたは怠業者(サボタージュを行う者)あるいは占領国の安全に対する有害な活動を個人として行ったという「明白な疑いあり」として抑留された場合、軍事上の絶対的安全が要求するときは、その被保護者は、このジュネーブ第4条約に基く「通信の権利」を失う。
←占領国の判断次第だが、失われるのは、ひとまず「通信の権利」のみ。
 上記2つの場合でも、人道的に待遇されるのは当然。訴追された場合、この条約が定める公平かつ正式の裁判を受ける権利あり。また、紛争当事国または占領国の安全と矛盾しない限り、すみやかにこの条約上の被保護者の権利と特権を完全に与えられる。

(第8条) 被保護者は、この条約が保障する権利を部分的にも全面的にも放棄できない。
←「放棄します」などという念書をとられても、「放棄は無効」と文句を言えます

【頼みの綱】

(第9条) 紛争当事国の利益の保護を任務とする「利益保護国」が、条約の実施状況を監視してくれる場合あり。実例は少ないが。
←フォークランド紛争では、イギリスがスイスを、アルゼンチンがなんとブラジルを「利益保護国」に指名。アルゼンチンが、サッカー界での宿敵ブラジルを指名していたのだ。ビバ、 ラテン・アメリカ!!
(第10条) 赤十字国際委員会その他の公平な人道的団体は、文民の保護や救済のため、紛争当事国の同意を得て人道的活動が行える。ジュネーヴ諸条約の第1追加議定書(第81条)では、これらの人道的活動に紛争当事国が必要な便宜を与え、活動を容易にしなければならない、と定めている。
←人道援助活動を通して、ジュネーヴ諸条約などの実施状況を監視してもらえる。くどいようだが、日本社会が仮想敵国として恐れているらしき中国、北朝鮮、ロシアもジュネーブ条約を批准しているので、ご安心あれ。
(第30条) 被保護者は、利益保護国、赤十字国際委員会、その在留する国の赤十字社(赤新月社、赤のライオン、太陽社)、被保護者に援助を与える団体に要望などを申し立てるための、あらゆる便益を与えられる。
 被保護者を抑留している国または占領国は、利益保護国と赤十字国際委員会の代表による被保護者訪問(第143条)の他に、被保護者に対して精神的援助または物質的救済を与えることを目的とするその他の団体の代表者による訪問を、できる限り容易にしなければならない。
(第39条) 被保護者は、いかなる場合にも、本国、利益保護国、第30条に掲げる救済団体から手当の支給を受けることができる。
(第40条) (紛争当事国が、労働強制時の労働条件や補償に関する規定に違反したとき)被保護者は、第30条に従って苦情申立できる。
(第52条) (被占領地で労務の提供を命じられた場合に)どんな契約、協定または規則があっても、利益保護国の介入を要請するため同国の代表者に申し立てる労働者の権利は、制限できない。
(第76条) (被占領地で法律違反の責任を問われて、あるいは有罪判決を受けて)拘禁中の被保護者は、第143条の規定に従い、利益保護国と赤十字国際委員会の代表の訪問を受ける権利を持つ。また、毎月少なくとも1個の救済小包を受領する権利を持つ。
(第78条) (被占領地で)住居指定の措置のため自己の住居から移転することを要求された被保護者は、第39条の生活支援を受けることができ、その一つとして、本国、利益保護国、第30条に掲げる救済団体から手当の支給を受けることができる。
(第101条) 被抑留者は、抑留当局に対し、抑留条件に関する要請を申し立てる権利を持つ。被抑留者は、抑留条件に関して苦情を申し立てようとする事項に対して利益保護国の代表者の注意を促すため、被抑留者委員会を通じ、あるいは直接に、利益保護国の代表者に申し入れする無制限の権利を持つ。これらの要請と苦情は、直ちに、かつ、変更を加えないで伝えられなければならず、また、苦情に根拠がないと認められた場合でも処罰の理由としてはならない。被抑留者委員会は、利益保護国の代表者に対し、収容所の状態と被抑留者の要求に関して定期的報告をできる。

【待遇】

(第27条) 被保護者は、「どんな事情があっても」、その人格、名誉、家族として持つ権利、信仰と宗教上の実践、風俗、習慣を尊重される権利を持つ。紛争当事国は、被保護者を常に人道的に待遇し、すべての暴行、脅迫、侮辱、公衆の好奇心から保護しなければならない。特に人種、宗教または政治的意見に基く不利な差別をせず、すべての被保護者を平等に待遇しなければならない。ただし、紛争当事国は、被保護者に関して、「戦争の結果必要とされるであろう統制と安全の措置」をとれる。
←「ただし」以下が曲者だが、「統制」や「安全の措置」はあくまで例外。最も厳しくても「住所指定」または「抑留」である(第41条参照。抑留については後述のように人権保護のための規定が多数ある)。しかも、それらの措置がとられる場合でも、「ただし」書き以前の原則は活きている、と解釈すべきだろう。
(第28条) 被保護者の所在を、いわゆる「人間の楯」に利用してはならない。
(第29条) 被保護者が支配地域にいる紛争当事国は、その被保護者の待遇について、個人責任の有無に関係なく、責任を負う。
(第33条) 被保護者は、自分がしていない違反行為のために罰せられることはない。集団に科する罰、脅迫または恐かつによる措置は、すべて禁止。略奪も禁止。被保護者とその財産に対する報復も禁止。

【紛争当事国の領域からの退去】

<退去申請と決定>
(第35条) 紛争中、領域からの退去を希望する被保護者はすべて、その退去がその国の国家的利益に反しない限り、その領域を去る権利を持つ。退去の許否は、正規に定められら手続に従って、できる限りすみやかに決定しなければならない。
 退去を許された被保護者は、その旅行に必要な金銭と、適当な量の個人用品を携帯できる。
 退去を拒否された者は、再審査のためにその国が指定する適当な裁判所または行政庁で、その拒否についてできる限りすみやかに再審査を受ける権利を持つ。
←公正な審査が担保できるか? 基準の明確化と合わせて、人道団体などによるチェック・システムをつくる必要があります、日本の有権者の皆さま!

<退去費用>
(第36条) 前条による出発は、安全、衛生、保健、食糧について満足すべき条件で実施しなければならない。その費用は、被保護者がいた紛争当事国の支配領域を離れる地点から先は目的国が負担。中立国へ退去する場合には、被保護者の国籍国が負担する。
←国籍国の財政状況次第では、当座の退去費用を自己負担しなければならない場合もありうるわけ……。日本のODA予算とかで何とかならんのか、と思うが、いざ戦争となると、予算の重点は政府首脳と軍部首脳(つまり政治・軍事機構)の保護に最優先で流されるわけで、一般日本人にすら十分に配分されない恐れが大きい。やはり戦争、しないのが吉。

【紛争当事国の領域から退去しない被保護者】

<原則>
(第38条) この条約が定める例外(「戦争の結果必要とされる統制と安全の措置」(第27条)と、最も厳しくても「住所指定、抑留」(第41条)など)の他、原則として被保護者には、平時における外国籍者に関する規定が適用され、どんな場合でも、以下の権利がある。
(1) 個人または集団宛に送付された救済品を受領できる。
(2) 関係国の国民が受けると同等の程度まで、医療上の手当、入院治療を受けられる。
(3) 信仰を実践し、同一宗派の聖職者から宗教上の援助を受けられる。
(4) 戦争の危険に特にさらされている地区に居住している場合、関係国の国民に許されると同等の程度まで、その地区からの移転を許される。
(5) 15歳未満の児童、妊産婦、7歳未満の幼児の母は、同様の条件を満たす関係国の国民が受ける有利な待遇と同等な待遇を、亨有する。
←つまり、基本的に内国民待遇、というわけ。

<生活支援>
(第39条) 被保護者の在留する紛争当事国は、戦争の結果収入を得る職業を失った被保護者に対して、有給の職業につく機会を与えられなければならない。その機会は、安全上の考慮と第40条に従うことを条件に、被保護者が在留する国の国民が亨有する機会と同等のものでなければならない。
 紛争当事国が被保護者に対し、自ら生活を維持できなくなるような統適用した場合、特に、安全上の理由により被保護者が適当な条件で有給の職業につくことを妨げた場合、その紛争当事国は、被保護者とその扶養を受ける者の生活を保障しなければならない。
 被保護者は、いかなる場合にも、本国、利益保護国、第30条に掲げる救済団体から手当の支給を受けることができる。
(第41条) 住居指定措置により移転を要求された者に対して生活保障をする場合、住居指定をした国は、できる限りこの条約の第3編第4部「被抑留者の待遇に関する規則」の福祉の基準に従わなければならない。

<労働強制>
(第40条) 被保護者は、在留する紛争当事国の国民と同等の程度以上の労働を、強制されない。
 敵国民である被保護者は、「人間としての食糧、住居、衣服、輸送および健康を確保するために通常必要な労働で軍事作戦の遂行に直接関係がないもの」以外は、強制されない。
 労働を強制された被保護者は、特に賃金、労働時間、衣服、器具、予備的作業訓練、業務上の災害と疾病に対する補償に関し、在留する国の労働者と同一の労働条件と保護の利益を亨有する。
 上記の規定の違反があれば、被保護者は、第30条に従って苦情申立できる。

<住所指定、抑留>
(第41条) 被保護者が権力内にいる国は、第42条と第43条による住居指定または抑留以上に厳しい統制措置をとってはならない。
 住居指定措置で移転させられた者に生活保障をしなければならない場合、住居指定をした国は、できる限り「被抑留者の待遇に関する規則」(この条約の第3編第4部)の福祉基準に従わなければならない。
(第42条) 抑留または住居指定は、その国の安全上絶対に必要な場合に限り、命令できる。
←利益保護国の代表者を通じて自発的に抑留を求める者があって、その者の事情が抑留を必要とする場合、その者を権力内に有する国は抑留しなければならない、という規定もあるが、「利益保護国」があまり使われていない制度だそうなので、トリビア的に知っておく程度でよいだろう。
←「住居指定または抑留」以下の厳しさの措置はとれる、ということだが、第2次世界大戦の例では、警察への定期的出頭、身分証明書の携帯義務付け、などがあったそうだ(『新版 国際人道法 再増補』藤田久一、P156)。……入国管理局への定期出頭と在留資格の更新、外国人登録証の常時携帯義務、これって、日本の戦後、今までずっと続いてきた制度じゃんじゃん。外国籍者は常に敵性国民として監視されているってことかあ!?
←抑留の場合、「被抑留者の待遇に関する規則」(この条約の第3編第4部)に従い、人道上の配慮がなされなければならない。
(第43条) 抑留または住居指定された者は、再審査のためにその国が指定する適当な裁判所または行政庁で、できる限りすみやかに再審査を受ける権利を持つ。抑留または住居指定を継続する場合、その裁判所または行政庁は、事情が許すなら、被保護者にとって有利な変更をするため、定期的に、かつ、少なくとも年2回、審査を行わなければならない。

<亡命者>
(第44条) 締約国は、この条約の統制措置を適用するにあたって、事実上いずれの政府の保護をも亨有していない亡命者を、その者が法律上敵国の国籍を持っているということのみに基いて、敵性外国人として扱ってはならない。

<移送>
(第45条) 被保護者を、この条約の締約国以外の国に移送してはならない。どんな事情があっても、その政治的意見または信仰のために迫害を受けるおそれのある国に、移送してはならない。

<制限的措置の速やかな廃止>
(第46条) 被保護者とその財産に関する制限的措置は、敵対行為の終了後できる限りすみやかに廃止しなければならない。

【第4部 被抑留者の待遇に関する規則】
 抑留措置がとられた場合、あるいは占領地域で刑事責任を問われ拘留・服役する場合、被保護者は収容所に入れられることになる。その収容所での人権保障と人道的待遇のために設けられた規則の数々を列挙したこの第4部は、ジュネーブ第4条約の中で、最も分厚い部分だ。収容所がつくられていないうちは適用されることはないと思うが、一応、概述しておく。

<総則>
(第79条) 紛争当事国は、第41条〔住所指定、抑留〕、第42条〔抑留の理由〕、第43条〔再審査手続〕、占領地での第68条〔刑罰〕と第78条〔安全措置〕の場合以外、被保護者を抑留してはならない。
(第80条) 被抑留者は、完全な「私法上の行為能力」を保持し、かつ、それに伴う権利で「被抑留者としての地位と矛盾しないもの」を行使する。
←「被抑留者としての地位と矛盾しない」限り、商売もできるし賃貸借契約とか委任契約もできるし、結婚や離婚、養子縁組、遺言、相続、遺産分割なんかもでき、民事訴訟を起こすこともできる、というわけだ。
(第81条) 被保護者を抑留する紛争当事国は、抑留された被保護者を、無償で扶養し、その健康状態に応じた医療を提供しなければならない。その費用の支払いに充てることを理由に、被抑留者の手当、俸給、債権額を減額してはならない。
 被抑留者の扶養を受ける者が、生活を維持するための適当な手段を持たない場合、あるいは生計を営むことができない場合、抑留国は、それらの者の生活を支えなければならない。
(第82条) 抑留国は、被抑留者を、できる限りその国籍、言語、習慣に従って収容しなければならない。同一国の国民である被抑留者を、言語が異なるという理由だけで分離してはならない。
 同一家族の構成員、特に親子は、抑留の期間中、収容所の同一場所に居住させなければならない。ただし、作業上または健康上の理由のため、あるいは刑罰または懲罰(117〜126条)のために一時的別居が必要な場合は別。
 被抑留者は、その監護を受けないで放置されている自己の子が自分と一緒に収容されるよう要請できる。
 同一家族の構成員は、できる限り、同一の建物内に居住させなければならず、かつ、それらの者に対しては、他の被抑留者から分離した収容施設と、本来の家庭生活を送るための便益とを与えなければならない。

<管理と紀律>
(第99条) 各収容所を指揮する将校または公務員は、自国の公用語(公用語が2以上あるときは、そのうちの1)で書かれたこの条約のコピーを所持し、かつ、この条約の適用について責任を負わなければならない。
 この条約の本文と、この条約に基いて締結される特別協定の本文は、被抑留者が理解する言語で収容所内部に掲示するか、被抑留者委員会(102条)に所持させなければならない。
 各種の規則、命令、通告、公示は、被抑留者に通知し、かつ、被抑留者が理解する言語で、収容所の内部に掲示しなければならない。
 被抑留者に対して個人的に発する命令と指令も、その被抑留者が理解する言語でしなければならない。
(第100条) 収容所での紀律制度は、人道の原則に合致しなければならず、かつ、被抑留者の健康にとって危険な肉体作業を課す規則や、肉体的または精神的苦痛を伴う規則を含んではならない。入墨や押印、身体へのマーキングによる識別は、禁止。
 長時間にわたる直立と点呼、懲戒のための訓練、軍事的訓練と演習、食糧配給量の減配は、禁止。
(第101条) 被抑留者は、抑留当局に対し、抑留条件に関する要請を申し立てる権利を持つ。
 被抑留者は、抑留条件に関して苦情を申し立てようとする事項に対して利益保護国の代表者の注意を促すため、被抑留者委員会を通じ、あるいは直接に、利益保護国の代表者に申し入れする無制限の権利を持つ。
 これらの要請と苦情は、直ちに、かつ、変更を加えないで伝えられなければならず、また、苦情に根拠がないと認められた場合でも処罰の理由としてはならない。
 被抑留者委員会は、利益保護国の代表者に対し、収容所の状態と被抑留者の要求に関して定期的報告をできる。
(第102条) 抑留国、利益保護国、赤十字国際委員会、被抑留者を援助するその他の団体に対して被抑留者を代表する被抑留者委員会が、すべての収容所で、組織される。その委員は、6カ月ごとに自由な秘密投票で選挙され、選挙された被抑留者は、その選挙について抑留当局の承認を受けた後、その任務に就く。
(第103条) 被抑留者委員会は、被抑留者の肉体的、精神的そして知的福祉のために貢献しなければならない。被抑留者が相互扶助制度を組織すると決定した場合、その組織は、被抑留者委員会の権限に属するものとする。
<抑留施設>
(第83条) 戦争の危険に特にさらされている地区に収容所を設けてはならない。
 抑留国は、敵国に対し、利益保護国の仲介で、収容所の地理的位置に関するすべての有益な情報を提供しなければならない。また、軍事上許される場合はいつでも、収容所は、日中空中から明白に識別できる「IC」という文字で示しておかなければならない。ただし、関係国は、その他の表示の方法についても合意できる。これらの表示を収容所以外に使ってはならない。
(第84条) 被抑留者は、捕虜や他の理由で自由を奪われている者と分離して収容し、かつ、管理される。
←「他の理由で自由を奪われている者」とは、たとえば刑法犯を犯し有罪判決を受けて服役している者などだろう。
(第85条) 抑留国は、抑留開始時点から、被保護者に衛生上と保健上のすべての保障を与え、かつ、気候の厳しさと戦争の影響からの有効な保護を与える建物または区画に収容するため、必要かつ可能なすべての措置をとらなければならない。常設的な収容所は、不健康な地域や気候が被抑留者にとって有害な地域に設けてはならない。被保護者が一時的に抑留されている地域が不健康な地域か、あるいは、その気候がその者の健康に有害な場合、事情が許す限りすみやかに、より適切な収容所に移さなければならない。
 収容所の建物は、完全防湿で、適切な保温と点灯とが、特に日没から消灯時刻までの間、なされなければならない。寝室は、十分な広さを持ち、かつ、良好な換気がなされなければならない。気候、被抑留者の年齢、性別、健康状態を考慮して、被抑留者に適切な寝具と十分な毛布を与えなければならない。
 衛生上の原則に適合する衛生設備を、日夜、被抑留者が使用できるようにしなければならず、かつ、それらの設備は常に清潔な状態に維持しなければならない。被抑留者には、日常の清潔と衣服の洗濯のために十分な水と石けん、必要な設備と便益を与えなければならず、シヤワーまたは浴場を利用させなければならない。また、洗濯と清掃のため必要な時間を与えなければならない。
 例外的かつ一時的措置として、男子と同一の収容所に、家族の構成員でない女子の被抑留者を収容する必要があるときは、その女子の被抑留者のために、分離した寝室と衛生設備を設けなければならない。

<宗教儀式>
(第86条) 抑留国は、被抑留者に、その宗派のいかんを問わず、宗教的儀式を行うのに適切な場所を自由に使用させなければならない。

<売店>
(第87条) すべての収容所には、他の適当な便益を利用できない場合、売店を設置しなければならない。被抑留者が個人の幸福と慰安を増すような食糧品、日用品(石けん、たばこを含む)を現地の市場価格より高くない価額で買うことができるようにするためである。
 売店が得た利益は、各収容所に設けられる福祉基金の口座の貸方に記入し、かつ、その収容所の被抑留者の利益のために管理しなければならない。被抑留者委員会(102条)は、売店と福祉基金の運営を監視する権利を持つ。
 収容所が閉鎖された場合、福祉基金の残額は、同一国籍の被抑留者のための収容所の福祉基金に繰り入れる。そのような収容所が存在しない場合、すべての被抑留者の利益のために管理される中央福祉基金に繰り入れる。全般的解放がなされた場合、前記の利益は、関係国間に反対の協定がない限り、抑留国に残される。
<空襲の避難所>
(第88条) 空襲その他の戦争の危険にさらされているすべての収容所には、必要な保護を確保するために、適切な構造の避難所を適切な数、設置しなければならない。警報があると、被抑留者は、空襲から宿舎を防護するために残存する者以外、できる限りすみやかに避難所に入ることができる。
 住民のためにとる防護措置は、被抑留者にも適用しなければならない。
 収容所では、火災の危険に対する適切なすべての予防措置をとらなければならない。

<食糧>
(第89条) 毎日の食糧配給の量、質、種類は、被抑留者を良好な健康状態に維持し、かつ、栄養不良を防止するのに十分なものでなければならない。被抑留者の食習慣も、考慮しなければならない。
 被抑留者に対して、配給以外の食糧で所持しているものを自分で調理する手段を与えなければならない。飲料水を十分に供給しなければならない。喫煙は、許さなければならない。
 労働する被抑留者に対する食糧の配給は、その労働の種類に応じて、増やさなければならない。
 妊産婦、15歳未満の児童に対する食糧の配給は、その生理的必要に応じて、増やさなければならない。

<衣服>
(第90条) 被抑留者は、抑留されるときに、必要な衣服、履き物、着替の下着を準備するためのすべての便益を与えられ、かつ、その後必要が生じた場合にそれらを入手するためにも、すベての便益を与えられる。被抑留者が、気候に対する十分な衣服を持っておらず入手もできない場合、抑留国は、衣服を無償で与えなければならない。
 抑留国が被抑留者に供給する衣服と、その衣服に付ける外部的マーキングは、侮辱的なものや被抑留者を嘲笑にさらすようなものであってはならない。
 労働する被抑留者に、労働の性質上必要な場合、適切な作業服(保護用の衣服を含む)を支給しなければならない。

<医療>
(第91条) 各収容所には、資格ある医師の指揮の下で被抑留者が必要な治療と適切な食事を受けられる病舎を備えなければならない。伝染病、精神病にかかった患者のために、隔離室を設けなければならない。
 妊産婦、重病の被抑留者、または特別の治療、外科手術、入院を必要とする状態にある被抑留者は、適切な処置をする能力がある施設に収容しなければならず、かつ、一般住民に与えられる治療と同等以上の治療を与えられる。
 被抑留者は、なるべく、自己と同一の国籍の衛生要員によって治療を受ける。
 被抑留者が診察を受けるために医療当局に出頭するのを妨げてはならない。
 治療(被抑留者を良好な健康状態に保つため必要なすべての器具、特に、義歯その他の補装具、めがねの供給を含む)は、被抑留者に無償で提供する。

<身体検査>
(第92条) 被抑留者の身体検査は、少なくとも月1回行わなければならない。検査には、体重の測定、少なくとも年1回のエックス線による検診を含む。その目的は、特に、被抑留者の健康、栄養と清潔の一般的状態を監視し、伝染病(特に結核、マラリア、性病)を検出することである。

<宗教上の義務>
(第93条) 被抑留者は、抑留当局が定める日常の紀律に従うことを条件として、自己の宗教上の義務の履行(自己の宗教の儀式への出席を含む)について完全な自由を持つ。
 抑留された聖職者は、同一の宗派に属する被抑留者に対して自由に自己の聖職を行うことを許される。このため、抑留国は、同一の言語を話し、または同一の宗教に属する被抑留者がいる各種の収容所に、それらの聖職者が衡平に配属されるようにしなければならない。聖職者の数が少ない場合には、抑留国は、それらの聖職者が収容所を巡回するため必要な便益(輸送手段を含む)を与え、かつ、入院中の被抑留者を訪問することを許さなければならない。聖職者は、自己の聖職に関する事項について抑留国の宗教機関と、できる限り、自己の宗派の国際的宗教団体と通信する自由を持つ。その通信は、第107条が定める「通信の割当数」に含めてはならない。ただし、その通信については、第112条(検閲)に従わなければならない。
 被抑留者がその宗派に属する聖職者の援助を受けられない場合、または抑留されたそれらの聖職者の数が少ない場合、その宗派に属する現地の宗教機関は、抑留国との合意により、その被抑留者の宗派に属する聖職者または、宗教的見地から可能なら、類似の宗派に属する聖職者か資格がある非聖職者を指名できる。それらの非聖職者は、自己が引き受ける聖職に対して与えられる便益を受ける。

<娯楽、研究、運動競技>
(第94条) 抑留国は、被抑留者の知的、教育的、娯楽的活動、運動競技を奨励しなければならない。ただし、その活動や競技に参加するかどうかは、被抑留者の自由。抑留国は、特に適切な場所を提供して、それらの活動と競技を行うために、すべての可能な措置をとらなければならない。
 被抑留者が研究を継続し、または新たな研究課題に着手するため、すべての可能な便益を与えなければならない。児童と青年の教育を確保しなければならず、児童と青年が通学することを、学校が収容所の内にあると外にあるとを問わず、許さなければならない。
 被抑留者に、身体の運動、運動競技、戸外競技をする機会を与えなければならない。このため、すべての収容所で十分なオープン・スペースを確保しなければならない。児童と青年のために特別の運動場を確保しなければならない。

<使役>
(第95条) 抑留国は、被抑留者が希望しない限り、その者を労働者として使役してはならない。「抑留されていない被保護者」に強制すれば第40条(労働強制)や第51条(占領時の労働強制)の違反になるような使役、品位を傷つけるあるいは屈辱的な性質の使役は、禁止。
 6週間労働した被抑留者は、8日前に予告すれば、いつでも労働をやめることができる。
 ただし、抑留国が、抑留されている医師、歯科医師その他の衛生要員を、同一の収容所に抑留されている者のために使役する権利や、被抑留者を収容所の管理と維持の労働に使役し、炊事場の労働その他の雑用に当たらせる権利、空襲その他の戦争の危険に対する被抑留者の防護に関連する任務に従事するよう求める権利は、認められる。そうは言っても、ある被抑留者の者の身体にとって不適当だと医務官が認める仕事を、その被抑留者に要求してはならない。
 抑留国は、すべての労働条件、医療、賃金の支払い、使役されるすべての被抑留者が作業上の災害と疾病に対して補償を受けること、について全責任を負う。この労働条件と補償を定める基準は、国内法令と現行の慣習に合致するものでなければならず、同一地方の同一性質の労働に認められる基準より不利であってはならない。賃金は、被抑留者と抑留者の、そして場合によっては、被抑留者の生活を無償で維持し必要な医療を供給すべき他の雇用者との間の特別の合意で、公平に決定する。
 労働条件、作業上の災害と疾病に対する補償の基準は、同一地方の同一性質の労働に適用される基準より不利であってはならない。
(第96条) すべての労働分遣所は、収容所の一部として収容所に従属し、抑留国の権限ある当局と収容所長は、その労働分遣所でのこの条約の遵守に責任を負う。

<個人用品>
(第97条) 被抑留者は、個人用品の保持を許される。被抑留者が所持する金銭、小切手、証券等と有価物は、正規の手続によらねば取り上げられない。取り上げた物に対しては、詳細な受取証を渡さなければならない。
 取り上げた金銭は、第98条に従い、その被抑留者の口座の貸方に記入しなければならない。その金銭は、その所有者が抑留されている地域で施行されている法令が要求するか被抑留者が同意した場合でなければ、他の通貨に両替できない。
 主として個人的価値または感情的価値のみを持つ物品は、取り上げてはならない。
 女子の被抑留者は、女子以外の者が捜索してはならない。
 解放または送還されるとき、被抑留者は、抑留中に取り上げられたすべての物品、金銭その他の有価物を返還される。また、第98条に従って持つ口座の貸方残高を現金で受け取る。ただし、施行中の法令によって抑留国が留置する物品と金額はこの限りでなく、留置されることがあるが、その場合、所有者に詳細な受取証を渡さなければならない。
 被抑留者が所持する家族に関する文書または身分証明書を取り上げるには、受取証を渡さなければならない。被抑留者を身分証明書のない状態に放置してはならず、身分証明書を所持していない被抑留者には特別証明書を発給しなければならない。
 被抑留者は、物品を購入するため、現金または購入券で一定の金額を携帯することができる。

<金銭収入>
(第98条) 被抑留者は、たばこ、化粧用品等の物品を購入するために十分な手当を定期的に支給される。この手当は、口座への記入または購入券という形式で、支払える。
 被抑留者は、自己の本国、利益保護国、被抑留者を援助する団体、自己の家族、から手当を支給され、かつ、抑留国の法令に従い、自己の財産から生ずる所得を受け取れる。被抑留者の本国が支給する手当の額は、被抑留者の種類(虚弱者、病者、妊産婦等)に応じて同一のものでなければならず、また、本国や抑留国が、第27条の禁止する差別(人種、宗教または政治的意見に基づく不利な差別)に基づいて、割り当てたり分配したりしてはならない。
 抑留国は、被抑留者各人のために正規の口座を開かなければならない。本条の手当、賃金、受領した送金、被抑留者から取り上げた金額でその者が抑留されている領域の法令により使用できるものは、その口座の貸方に記入しなければならない。被抑留者は、その家族と自己が扶養する者に送金するため、その領域に施行されている法令と矛盾しないすべての便益を与えられる。被抑留者は、抑留国が定める制限内で、自己の口座から必要な額を引き出せる。被抑留者は、いつでも、自己の口座を調べ、またはそのコピーを得るために、しかるべき便益を与えられる。被抑留者が移送される場合、口座の明細書は、被抑留者に携行させなければならない。

<外部との通信>
(第106条) 被抑留者が抑留された時ただちに、または収容所到着後1週間以内に、あるいは、病気になった場合や他の収容所か病院に移送された場合にも1週間以内に、被抑留者がその家族と中央被保護者情報局(141条)に直接、抑留された事実、アドレス、健康状態を通知する「抑留葉書」(条約付属の型に沿うのが望ましい)を送付できるようにしなければならない。その葉書は、できる限りすみやかに送付され、いかなる形でも遅延があってはならない。
(第107条) 抑留国は、被抑留者が手紙や葉書(条約付属の型に沿うのが望ましい)を送付し、受領することを、許さなければならない。発送する手紙と葉書の数を制限する必要を抑留国が認めた場合でも、毎月手紙2通と葉書4通は許可しなければならない。被抑留者宛の通信が制限されなければならない場合、その制限は、抑留国の要請に基いて、被抑留者の本国のみが命令できる。これらの手紙と葉書は合理的な期間内に運送しなければならず、懲戒を理由に、遅延させまたは留置してはならない。
 家族から長期間連絡のない被抑留者、家族との間で通常の郵便によっては消息を伝え合えない被抑留者、家族から著しく遠い場所にいる被抑留者には、電報の利用を許さなければならない。その料金は、被抑留者が処分できる通貨で支払う。また、緊急と認められる場合にも、同様に電報を利用できる。
 被抑留者の通信は、原則として、その者の言語で書かれなければならない。紛争当事国は、その他の言葉での通信を許可ができる。
←つまり、自己の言語以外での通信を強制してはならない。
(第108条) 抑留国は、被抑留者が、特に、食糧、衣服、医療品、書籍、被抑留者の必要を満たす宗教、教育または娯楽用物品を内容とする個人宛または集団宛の荷物を、郵便その他の経路で受領することを許さなければならない。それらの荷物が送られてきたからと言って、この条約が抑留国に課す被抑留者のための福利厚生の義務は免除されない。
 関係国は、被抑留者による救済品の受領を遅延させてはならない。
 書籍は、衣服または食糧の荷物の中に入れてはならない。
 医療救済品は、原則として、集団宛の荷物として送付しなければならない。
(第110条) 被抑留者のためのすべての救済品は、輸入税、税関手数料その他の課徴金を免除される。
 他の国から被抑留者宛の、あるいは被抑留者から発送の、郵便による物品(小包郵便で発送する救済小包を含む)と送金はすべて、差出国、名宛国、中継国において郵便料金を免除される。
 被抑留者宛の救済品が重量その他の理由で郵便で送付できない場合、その輸送費は、抑留国の管理下の領域においては、抑留国が負担しなければならず、この条約のその他の締約国は、それぞれの領域における輸送費を負担しなければならない。それらの救済品の輸送費用のうちその他のものは、発送人が負担しなければならない。
 締約国は、被抑留者が発信する電報と、被抑留者に宛てられる電報の料金をできる限り低額にするよう努めなければならない。
(第112条) 被抑留者に宛てられた通信と、被抑留者が発送する通信の検閲は、できる限りすみやかに行わなければならない。
 被抑留者に宛てられた荷物の検査は、中の物品を損なうおそれのある条件下で行ってはならない。検査は、名宛人の立会いの下であるいは名宛人が正当に委任した被抑留者の立会いの下で、行わなければならない。被抑留者に対する個人宛または集団宛の荷物の引渡は、検査の困難を理由にして遅延してはならない。
 紛争当事国が命ずる通信の禁止は、軍事的理由によるのであれ政治的理由によるのであれ、一時的なものでなければならず、禁止期間はできる限り短いものでなければならない。
(第116条) 被抑留者は、定期的に、できる限り頻繁に、訪問、特にその近親者の訪問を受けることを許される。緊急の場合、特に、近親者が死亡したとき、または重病のときは、できる限り帰宅を許される。

<法律文書と法律行為、財産管理>
(第113条) 抑留国は、被抑留者に宛てられた、または被抑留者が発送する、遺言状、委任状その他の文書が、利益保護国または中央被保護者情報局(第140条)を通じて、あるいはその他必要な方法で伝達されるように、合理的なすべての便益を提供しなければならない。抑留国は、これらの文書を妥当かつ適法な様式で作成し認証を受けるための便益を、被抑留者に与えなければならない。特に、被抑留者が法律家に相談することを許さなければならない。
(第114条) 抑留国は、被抑留者が、抑留条件と適用される法令に違反しない限り、自身の財産を管理できるように、すべての便益を与えなければならない。抑留国は、このため、緊急の場合において事情が許すときは、被抑留者に収容所からの外出を許可できる。

<訴訟行為>
(第115条) 被抑留者が訴訟当事者になっている場合、抑留国は、その者の要請があったときは、関係裁判所に抑留の事実を通知しなければならない。また、訴訟事件の準備、進行に関し、あるいは判決の執行に関して、その者が抑留されていることを理由に不利益を受けないよう、必要なすべての措置を、法令の範囲内でとらなければならない。

<刑罰と懲戒罰>
(第117条) 被抑留者が抑留されている領域内で施行されている法令は、第117条から第126条に従うことを条件に、抑留中に法律違反をした被抑留者に適用される。
 一般の法律や規則または命令が、被抑留者のある行為を処罰できるとしているが、被抑留者でない者が同一の行為をしても処罰されえないなら、その行為については、懲戒罰のみを科せる。
 被抑留者は、同一の行為または同一の犯罪事実について、重ねて処罰されない。
(第118条) 裁判所または当局は、刑罰の決定にあたって、被告人が抑留国の国民ではないという事実をできる限り考慮しなければならない。裁判所または当局は、被抑留者が訴追された法律違反に関して定める刑罰を自由に減軽でき、最も軽い法定刑よりも軽く科刑できる。
 日光が入らない場所での拘禁と、あらゆる種類の残虐行為は例外なく、禁止。
 懲戒罰または刑罰に服した被抑留者を、他の被抑留者と差別して待遇してはならない(第120条に例外あり)。
(第119条) 被抑留者に対して科せる懲戒罰は、以下のものとする。
(1) 第95条により被抑留者が受領すべき賃金の50%以下の減給、30日以内。
(2) この条約が定める待遇以外に与えられている特権の停止。
(3) 収容所の維持に関連する1日2時間以内の労役。
(4) 拘禁。
 懲戒罰は、非人道的、残虐、または被抑留者の健康を害するものであってはならない。被抑留者の年齢、性別、健康状態を考慮しなければならない。懲戒罰の期間は、複数の紀律違反行為の責任が問われるときでも、最大で連続30日まで。

<大脱走!>
(第120条) 逃走しまたは逃走を企てて再び捕えられた被抑留者には、それが何度目のチャレンジであっても、その行為については懲戒罰のみを科せる。このような被抑留者は、懲戒罰を受けた後も、特別の監視下に置くことができる。その監視は、被抑留者の健康状態を害するものであってはならず、収容所内で行われるものでなければならず、また、この条約によって被抑留者に与えられる保護のいずれをも排除するものであってはならない。
 逃走または逃走の企てを手伝い、またはそそのかした被抑留者には、その行為について懲戒罰のみを科せる。
(第121条) 逃走または逃走の企ては、被抑留者が逃走中に行った法律違反について訴追されたとき、刑を加重する情状にしてはならない。
 紛争当事国は、被抑留者の法律違反について、特に、逃走に関連して行われた行為について、懲戒罰を科すか刑罰を科するかを決定するにあたって、権限ある当局が寛容を示すよう、確保しなければならない。
(第122条) 逃走して捕えられた被抑留者は、権限のある当局にできる限りすみやかに引き渡される。
 紀律違反に対しては、懲戒の決定があるまでの拘禁期間は、最少限度としなければならず、また、14日を超えてはならない。この拘禁期間は、服役期間に算入しなければならない。
 第124条と第125条は、紀律違反に対する懲戒の決定があるまでの間に拘禁されている被抑留者に準用する。
(第124条) 被抑留者を、懲治施設(監獄、懲治所、徒刑場等)に移動して懲戒罰に服させてはならない。
 懲戒罰に服させる場所は、衛生上の要件を満たすものでなければならず、特に、十分な寝具を備えていなければならない。懲戒罰に服する被抑留者が清潔な状態を保てるようにしなければならない。
 懲戒罰に服する女子の被抑留者は、男子の被抑留者から分離した場所に拘禁し、かつ、女子の直接の監視下に置かなければならない。
(第125条) 懲戒罰に服する被抑留者には、1日に少なくとも2時間の運動と、戸外に出ることを、許さなければならない。
 懲戒罰に服する被抑留者が要求すれば、毎日の医学検診の受診を許さなければならない。懲戒罰に服する被抑留者は、必要な治療を受け、必要なら、収容所の病室または病院に移される。
 懲戒罰に服する被抑留者は、読むこと、書くこと、手紙の発送と受領を許さなければならない。ただし、送付されてきた小包と金銭は、処罰が終了するまでの間、留置できる。留置された小包と金銭は、被抑留者委員会に委託しなければならず、被抑留者委員会は、荷物中の傷みやすい物を、病室に引き渡さなければならない。
 懲戒罰に服する被抑留者から、第107条(通信)と第143条(利益保護国と赤十字国際委員会の代表による被保護者訪問)の利益を奪ってはならない。

<被抑留者の移送>
(第127条) 被抑留者の移送は、人道的に行わなければならない。移送は、原則として鉄道その他の輸送手段によって、少なくとも抑留国の軍隊の移駐と同等の条件で行わなければならない。例外的に徒歩で行わなければならない場合、被抑留者の健康状態が適していないなら、移送を行ってはならない。いかなる場合にも、被抑留者を過度に疲労させる移送をしてはならない。
 抑留国は、移送中の被抑留者に、健康維持するために十分な量、質、種類の飲料水と食糧、必要な衣服、適切な宿舎、必要な医療上の手当、を供与しなければならない。抑留国は、移送中の被抑留者の安全確保のため、適切なすべての予防措置をとらなければならない。
 傷病者、虚弱者、妊産婦は、移送がその者の健康にとって極めて有害なとき、移送してはならない。ただし、それらの者の安全のために絶対に移動が必要な場合は、この限りでない。
 戦線が収容所に接近した場合、移送を十分に安全な条件で行えるとき、あるいは被抑留者を現地に留めれば移送した場合より一層大きな危険にさらすことになるときに限り、その収容所の被抑留者を移送できる。
 抑留国は、被抑留者の移送を決定するにあたって、被抑留者自身の利益を考虜しなければならない。特に、それらの者の送還または家庭への復帰を一層困難にするようなことを、してはならない。
(第128条) 移送する場合、抑留国は、その出発について、そして郵便物の新しい宛先について、被抑留者に正式に通知しなければならない。その通知は、被抑留者が荷物を準備し、家族に知らせることができるよう、十分に早く与えなければならない。
 被抑留者に個人用品、受領した手紙と小包を携帯することを許さなければならない。それらの物品の重量は、移送の条件により必要とされるときは制限できるが、1人25キログラム未満に制限してはならない。
 以前の収容所に宛てられた手紙と小包は、遅滞なく被抑留者に転送しなければならない。
 被抑留者の共有物と重量制限で携帯できない荷物の輸送を確保するため、収容所長は、被抑留者委員会と協議して、必要な措置をとらなければならない。

<死亡、遺言書など>
(第129条) 被抑留者の遺言書は、安全に保管するため責任ある当局が受理する。被抑留者が死亡した場合、その者があらかじめ指定していた者に遅滞なく送付しなければならない。
 被抑留者の死亡は、医師が確認し、死因と死亡の状態を記載した死亡証明書を作成しなければならない。
(第131条) 被抑留者の死亡または重大な傷害で、衛兵や他の被抑留者その他の者に起因したもの、あるいは起因した疑いがあるもの、そして原因不明の死亡について、抑留国は、ただちに公の調査を行わなければならない。
 調査によって1人または複数の者が罪を犯したと認められるなら、抑留国は、責任を負うべき者を訴追するために必要なすべての措置をとらなければならない。

<解放(>
(第132条) 抑留国は、抑留する理由がなくなったらただちに、その被抑留者を解放しなければならない。
 紛争当事国は、戦闘行為(敵対行為)の期間中に、特定の種類の被抑留者(特に児童、妊産婦、幼児と児童の母、傷病者、長期間抑留されている被抑留者)の解放、送還、居住地への復帰または中立国での入院を実現するための協定締結に、努めなければならない。
(第133条) 抑留は、戦闘行為(敵対行為)の終了後できる限りすみやかに終了しなければならない。
 紛争当事国の領域内にある被抑留者で、懲戒罰のみを科せる法律違反以外のものについて刑事訴訟手続が進行中の者は、その手続終了まで、そして必要なら刑の執行が終わるまで、拘禁しておくことができる。すでに自由刑の判決を受けている被抑留者も、同様である。
(第134条) 締約国は、戦闘行為(敵対行為)または占領の終了にあたり、すベての被抑留者がその最後の居住地に帰還することを確保し、またはそれらの者の送還を容易にするよう、努めなければならない。
(第135条) 抑留国は、解放された被抑留者が抑留された時に居住していた場所に帰還するための費用を、あるいは、それらの者を旅行中にまたは公海上で拘束したのであれば、その旅行を完了しまたはその出発地点に帰還するための費用を、負担しなければならない。
 抑留国は、抑留前にその国に恒久的な居所を持っていた者に、その領域内での居住を許可しない場合、それらの被抑留者の送還の費用を支払わなければならない。ただし、被抑留者が自己の責任において、または本国政府の命令に従って帰国することを希望する場合、抑留国は、その支配領域を離れる地点からの旅費を支払う必要はない。また、抑留国は、自己の要請に基いて抑留された被抑留者の送還の費用を支払う必要はない。

【占領地域】
 日本の領土のうち住民がいる地域が占領される、なんてことはまずないと思うが、一応、解説しておく。アメリカ様の植民地になってるじゃん、という話は、ひとまず置いておいて。
 なお、「被保護者」以外にも適用されるものがあるので、しっかりとご確認を。

<権利の不可侵>
(第47条) 占領地域にある被保護者は、いかなる場合にもいかなる形でも、この条約の利益を奪われない。

<送還>
(第48条) 占領された地域を領域とする国の国籍を持たない被保護者は、第35条に従うことを条件に、その領域から退去できる。これに関する決定は、同条に基いて占領国が定める手続に従って行わなければならない。

<追放>
(第49条) 占領国は、住民の安全または軍事上の理由のため必要なとき、一定の区域の全部または一部の立退きを強制できるが、物的理由のためやむを得ない場合以外、被保護者を占領地域外に移してはならない。立退きさせられた者は、その地区での戦闘行為(敵対行為)終了後すみやかに各自の家に戻される。
 立退きを強制する占領国は、できる限り、被保護者を受け入れる適当な施設の設置、その移転が衛生、保健、安全、栄養面について満足すべき条件で行われること、家族が離散しないこと、を確保しなければならない。住民の安全または緊急の軍事上の理由のため必要とされる場合以外、戦争の危険に特にさらされている地区に被保護者を抑留してはならない。

<児童>
(第50条) 占領国は、被占領国またはその現地当局の協力の下、児童の監護と教育に充てられるすべての施設のしかるべき運営を容易にしなければならない。
 占領国は、児童の身元の識別と親子関係の登録を容易にするため必要なすベての措置をとらなければならない。占領国は、児童の身分上の地位を変更したり、自国に従属する団体や組織に児童を編入してはならない。
 現地の施設が適当でない場合、占領国は、戦争の結果孤児となった児童や、両親と離別したうえ近親者や友人によって適当な監護を受けることができない児童の扶養と教育が、できる限り、その児童と同一の国籍、言語、宗教の者によって行われるように、その児童の扶養と教育のための措置をとらなければならない。
 占領国は、食糧、医療上の手当と、戦争の影響からの保護に関して、15歳未満の児童、妊産婦、7歳未満の幼児の母のために占領前に採用されていた有利な措置の適用を妨げてはならない。

<志願、労働>
(第51条) 占領国は、被保護者に、自国の軍隊または補助部隊での勤務を強制してはならない。自発的に志願させるための圧迫、宣伝は、禁止。
 占領国は、18歳以下の被保護者を、「占領軍の需要、公益事業または被占領国の住民の給食、住居、衣服、輸送、健康のために必要な労働」に従事させることができるが、それ以外の労働強制は不可。
 労働は、微発された者が所在する占領地域でのみ行わせることができる。皆、できる限り通常時の雇用場所で労働できるようにしなければならない。労働者には公正な賃金を支払わなければならない。労働は、労働者の肉体的・知的能力にふさわしいものでなければならない。被占領国で実施されている法令で労働条件と保護に関するもの、特に賃金、労働時間、衣服、器具、予備的作業訓練、業務上の災害と疾病に対する補償に関するものは、本条の労働に従事する被保護者に適用される。
(第52条) どんな契約、協定または規則があっても、利益保護国の介入を要請するため同国の代表者に申し立てる労働者の権利は制限できない。
 占領国のために労働者を働かせる目的で、占領地域において失業を生じさせるための措置や、労働者の就職機会を制限するための措置は、禁止。

<個人あて救済品>
(第62条) 占領地域にいる被保護者は、緊急の安全上の考慮に従うことを条件として、個人宛の救済品を受領することを許される。

<レジスタンスと刑罰>
(第68条) 「占領国を害する意思」のみをもって、占領軍または占領行政機関の構成員の生命や身体に危害を加えず、重大な集団的危険を生ぜず、しかも、占領軍または占領行政機関の財産やその使用施設に重大な損害を与えない法律違反を行った被保護者は、抑留または単なる拘禁に処す。その抑留または拘禁期間は、その犯罪行為にふさわしいものでなければならない。
 第64条と第65条に従って占領国が公布する刑罰規定は、被保護者がスパイとして行った行為か、占領国の軍事施設に対して行った重大な怠業(サボタージュ)、または1人または複数の者を死に至らしめた故意による法律違反のため有罪とされた場合にのみ、その被保護者に死刑を科せる。ただし、占領開始前に実施されていた被占領地域の法令でそのような犯罪行為に死刑を科せた場合に限る。
 死刑判決は、法律違反のあった時に18歳未満だった被保護者に言い渡してはならない。
(第70条) 被保護者は、占領前または占領の一時的中断の間に行った行為や、それらの期間中に発表した意見のために、占領国によって逮捕されたり、訴追されたり、有罪とされたりしない。ただし、戦争の法規や慣例に違反した場合は、この限りでない。
 戦闘行為(敵対行為)開始前に被占領国の領域内に亡命していた占領国の国民は、戦闘行為(敵対行為)開始後に行った法律違反による場合または戦闘行為(敵対行為)開始前に行った普通法上の法律違反で被占領国の法令によれば平時に犯罪人引渡が行われるものによる場合でなければ、占領国によって逮捕されたり、訴追されたり、有罪とされたり、占領地域から追放されたりしない。
(第76条) 法律違反の責任を問われた被保護者は、被占領国で勾留され、有罪判決を受けた場合は被占領国で刑に服する。
 それらの者は、可能なら、他の被勾留者(法律違反の責を問われているのではない者たち)から隔離しなければならず、食糧と衛生の条件については、良好な健康状態を保つに十分であり、かつ、被占領国の監獄で与えられる条件と同等以上の条件を亨有する。健康状態に応じて必要な医療を受けることができ、また、宗教上の援助を要求し、受ける権利を持つ。
 女子は、分離した場所に拘禁し、かつ、女子の直接の監視の下に置かなければならない。占領国は、未成年者に対する適切で特別な待遇も考慮しなければならない。
 拘禁中の被保護者は、第143条の規定に従い、利益保護国と赤十字国際委員会の代表の訪問を受ける権利を持つ。また、毎月少なくとも1個の救済小包を受領する権利を持つ。

<安全措置>
(第78条) 占領国は、いかなる場合においても、住居指定または抑留以上に厳しい統制措置をとってはならない。
 住居指定または抑留に関する決定は、占領国がこの条約に従って定める正規の手続によって行わなければならない。関係当事者は決定に対して上訴(異議申立)でき、この上訴(異議申立)に対する決定は、まったく遅滞なくなされねばならない。住民指定または抑留の決定は、占領国が設置する権限のある機関によって、定期的に、可能なら6カ月ごとに、再審査される。
 住居指定の措置のため自己の住居から移転することを要求された被保護者は、第39条の生活支援を受けることができる。

【人種、国籍、宗教または政治的意見による不利な差別なく、紛争当事国の住民全体に適用される一般原則】

(第16条) 傷病者、虚弱者、妊産婦は、特別の保護と尊重を受ける。紛争当事国は、軍事上の事情が許す限り、死傷者を捜索し、難船者その他重大な危険にさらされた者を救援しなければならず、さらに、それらの者を略奪や虐待から保護するための措置に便益を与えなければならない。
←外国籍者を後回しにすることは、許されない( 人種、国籍、宗教または政治的意見にかかわらず、国民と同等の扱いが義務づけられている。
(第23条) 締約国は、以下のどれかを恐れる重大な理由がないと認めた場合、「他の締約国(敵国を含む)の文民のみにあてられた医療品、病院用品、宗教上の行事に必要な物品からなる送付品」と、「15歳未満の児童、妊産婦にあてられた不可欠の食糧品、衣服、栄養剤からなる送付品」の自由通過を許可しなければならない。
(a) その送付品の名宛地が変えられるかもという恐れ。
(b) 管理が有効に実施されない恐れ。
(c) 敵国が、その送付品が送られてこなければ自ら供給または生産しなければならない物品の代りに、その送付品を使うことで、軍事的または経済的利益を明らかに得る恐れ。敵国が、その送付品が送られてくることで、それらの物品の生産に必要な原料、役務、設備を使用せずにすみ、軍事的または経済的利益を明らかに得る恐れ。
(第24条) 紛争当事国は、戦争の結果孤児となり、またはその家族から離散した15歳未満の児童が遺棄されないように、そして、そのような児童の生活、信仰の実践、教育が容易になされるように、必要な措置をとらねばならない。それらの児童の教育は、できる限り、文化的伝統の類似する者に任せなければならない。紛争当事国は、12歳未満のすべての児童の身元が名札その他の方法で識別できる措置に努めなければならない。
(第25条) 紛争当事国は、その領域またはその占領地域にあるすべての者がその消息を家族と伝え合えるようにしなければならない。消息の通信は、すみやかに、かつ、不当な遅滞なく送り届けられなければならない。
 紛争当事国は、家族との通信を制限する必要があると認めた場合でも、自由に選択された25の単語からなる標準書式を使用させること、およびその書式による通信の数を毎月1通に制限すること、以上の制限を課せない。
(第26条) 紛争当事国は、戦争のため離散した家族が相互に連絡を回復し、できれば再会しようとする目的で行う捜索を容易にしなければならない。特に、この事業に従事する団体が自国にとって許容し得るものであり、かつ、その団体が自国の安全措置に従うものである限り、その団体の活動を奨励しなければならない。
(第54条) 占領国は、被占領地域の公務員または裁判官が、良心に従い、その職務の遂行を避ける場合にも、その者たちの身分を変更したり、何かの制裁を加えたり、強制的措置や差別的措置をとったりしてはならない。他の理由でなら、公務員をクビにできるけど。
(第55条) 占領国は、利用できるすべての手段を使って、住民の食糧と医療品の供給を確保する義務を負う。
(第56条) 占領国は、利用できるすべての手段を使って、被占領地域の医療施設と病院、医療サービス、公衆の健康と衛生状況を、被占領国とその現地当局との協力の下に、確保し、維持する義務を負う。特に、伝染病と流行病のまん延を防止するために必要な予防措置を実施しなければならない。すべての種類の衛生要員は、その任務の遂行を許される。
(第58条) 占領国は、聖職者に対し、その者と同一の宗派に属する者に宗教上の援助を与えることを、許さなければならない。また、宗教上の要求から必要とされる書籍と物品からなる送付品を受領し、かつ、占領地域でのその送付品の分配を容易にしなければならない。
(第59条) 占領地域の住民の全部または一部に対する物資の供給が不充分な場合、占領国は、その住民のための救済計画に同意し、かつ、その使用できるすべての手段によりその計画の実施を容易にしなければならない。
(第64条〕 被占領国の刑罰法令は、それが占領国の安全を脅かす場合かこの条約の適用を妨げる場合に占領国が廃止または停止しない限り、引き続き効力を持つ。占領地域の裁判所は、その任務を引き続き行わなければならない。なお、占領国は、この条約上の義務を果たし、被占領地域の秩序ある政治を維持し、かつ、占領国、占領軍、占領行政機関の構成員の安全と、その者たちが使用する施設と通信線の安全を確保するのに必要な規定に、占領地域の住民を従わせることができる。

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第3章 外国籍者、在外邦人と戦争/2.外国籍者保護のための条約と在外邦人保護(3)

◆ ジュネーヴ諸条約「第1追加議定書」

【難民および無国籍者】
(第73条) 戦闘行為(敵対行為)の開始前に、関係締約国が受諾した関連する国際文書または避難国もしくは居住国の国内法令により無国籍者または難民と認められていた者については、すべての場合において、かつ、不利な差別をすることなく、第4条約第1編および第3編に定める被保護者とする。
←戦闘行為(敵対行為)開始前に難民と認められなければならないが、そもそも難民だと認められること自体が今の日本ではヒジョーにむずかしい。なんとかしましょうっ!!!

◆ 市民的および政治的権利に関する国際規約

【非常事態における例外】
(第4条)1 国民の生存を脅かす公の緊急事態の場合においてその緊急事態の宣言が公式に宣言されているときは、この規約の締約国は、事態の緊急性が真に必要とする限度において、この規約に基づく義務に違反する措置をとることができる。ただし、その措置は、当該締約国が国際法に基づき負う他の義務に抵触してはならず、また、人種、皮膚の色、性、言語、宗教または社会的出身のみを理由とする差別を含んではならない。
2 1の規定は、第6条【生命に対する権利および死刑】、第7条【拷問または残虐な刑の禁止】、第8条1および2【奴隷と隷属状態(および強制労働の)禁止】、第11条【契約不履行のみを理由とする拘禁の禁止】、第15条【遡及処罰の禁止】、第16条【すべての者は、すべての場所において、法律の前に人として認められる権利を有する】ならびに第18条【思想・良心および宗教の自由】の規定に違反することを許すものではない。

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おわりに 〜疑いと熟慮を!〜

 以上、あらん限りの力を振りしぼって、「ICCの傘と軍備オフの有効性」を説明してきたつもりだが、導かれた結論と提示された方法が、「20世紀的な常識」すなわち「安全のためには軍隊が必要」という多くの人がなんとな〜く信じているであろう常識、と違いすぎて、なんだか騙されてるみたいでどうにも不安がぬぐえない、という読者が、今もまだ少なくないのではないか、と思う。

 「ICCに頼れば安全が確保できるって、理屈ではわかるんだけど、世の中、そんなものじゃあないんじゃないの? 理屈じゃないけどサ……」
 その懸念は、健全である。

 「おいしい話だよ!」
 などと持ちかけられた話が「おいしい!」のは話を持ちかけているヤツにとってであって、持ちかけられた側には何のメリットもないどころか、着ぐるみとられる、じゃなくって、身ぐるみはがされる罠が待っていた、なんてことは、古今東西、よくある話で、どれほどメリットがありそうに聞こえる話でも、まず疑ってみること、そして、じ〜っくりと検討することが、身を守るうえで大切な心がまえなのだ。

 「ICCによる安全保障で軍備オフ」という方策に、どうにもこうにも落ちつかない、と感じている方は、その感覚を大事にしてほしい。そして、ぜひぜひ、本書を何度も何度も読み返し、たとえば「ネズミ〜皇帝危機一髪」は声に出して読んでみる、しかもキャラクターごとに声色を変えて感情移入して読んでみる、などして、やはりどうしても納得できないのかどうか、じっくりじっくり、何度も何度も、自分の頭で考えてほしい。

 持ちかけられた「おいしい話」やそれらしく聞こえる話。多くの人が感じているらしい常識。そういうものを疑い、検討してみる姿勢こそが、政治家や官僚たちのウソを見抜く力を育て、議会制民主政治をまっとうに機能させる基礎になる。過去の過ちを繰り返すのを防ぎ、違った未来を築いていく足がかりにも、なる。常識にとらわれていては、壁を超えることはむずかしいし、新たな飛躍も望めやしないのだから。

 それにしても、ICC規程とその付属文書を読んでみて、胸の底からふつふつと湧いてくるのは、よくもまあこんなたいそうなものを作り上げた、十年ちょっと前には夢物語に過ぎなかった常設の国際刑事裁判所をよくぞ実現してくれたという、驚きと感謝の気持ちだ。まだまだ「侵略の罪」の定義や裁判所の実際の運営に関して、未解決の部分があるのは否定できない事実である。それでもやはり、ICCの実現に向けて傾注された有名無名の専門家たちの情熱と努力と執念に、心からの敬意を捧げたい。彼・彼女らが、せっかく芽吹かせたICCを、何としても育て上げ、実効的な戦争抑止力として活用していかねばと、強く思う。

 そして何より。
 ICC規程の中でも特に第5条から第8条までと、付属文書の「犯罪の要素」とを読んでいるときに、どうしても思いをはせずにはいられなかったのが、これまでの戦争で命や家族、人生を奪われてしまった、凄まじい数の人たちのことだ。その中には、私の祖父やそのさらに父祖たち世代が関わった戦争の被害者たちも、いる。
 狂おしい嘆きと悲鳴が、世界のあちこちに、無念の色ではりついている。

 ICCが、気の遠くなるほど多くの人命と人生の犠牲を踏まえて設立されたことを胸に刻み、戦禍の被害を受けた数え切れないほどの人びとの魂が安らかに眠れるよう、戦争を2度と繰り返さぬための努力を、続けなければならない......。

 などと殊勝なことを書きつつも、太陽エネルギーを使い果たして、もうふらふら状態の私は、後のことはひとまず、読者の皆さまにお任せできたらなあ、と思う。

 皆さま、どうか、本書の内容を最低でも2人の方に伝え、その2人の方にも同じように2人の方に伝えるようにと、お願いしてほしい。本書の読者を、ネズミ〜算式に増やし、せっかくできたICCについての議論をあちこちで巻き起こしてほしい。

 私自身、実を言うと、国際法の専門家ではないので(言っちゃった!)、本書のあちこちに勘違いが潜んでいるやも知れぬ。だが、どうぞ、その勘違いを修正して乗り越えて、議論を深め、進めていってほしい。
 申し訳ないと思いつつ、私は涼しい木陰で風力エネルギーをためながら、しばらく昼寝をすることにする。体力が復活する日まで、おやすみでござる! ちゃお!

   2004年11月2日                
    うさちゃん騎士団の円卓から木陰に移る寸前、記す
                      うさちゃん騎士団SC会員ナンバー1号
Entaku

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