第1章 抑止力としてのICC〜ICCの傘の下へ移動せよ!/【豆知識9】戦争は人間のサガ?
「戦争は、人間の本能に基づくものだ! だから人間は戦争をやめられないのだ〜!」
なんだか、もっともらしく聞こえる理屈である。もしこれが真理なら、戦争の根絶どころか抑制すら、きわめて困難な話ということになる。実際、学校で習う日本史にしろ世界史にしろ、年表は戦争で埋め尽くされている。マンガやゲームや映画でも、戦争を扱ったものは人気が高いようで、手を変え品を変え、次々につくられている。それを思うと、
「戦争は、やっぱり人間の本能であって、悲惨な事態を生むことがわかっちゃいるけど、やめられないのだ」
という意見に、思わず納得してしまいそうになるが、あいや、待たれい。文化人類学者のマーガレット・ミードは、南太平洋の西サモア人を調査した結果、まったく別の結論を出している。
ミードの調査によれば、なんと、西サモア人は、戦争のような制度的暴力による紛争解決手段を持っていなかったというのだ。
戦争のない文化の存在。この事実から、ミードは、戦争は生物学的必然ではなく、社会的発明である、との結論を導き出した、のだそうな(『ウルトラマン新研究 その「戦争と平和」論概説』グループ「K-76」編、p57)。
戦争が生物学的必然でないのなら、社会的発明であるのなら、それを抑えこむことはけっして不可能ではない。たとえば、相互の交渉と妥協によって、戦争に替わる他の解決手段を模索することは、単なる無駄骨とは言い切れないのだ。
ミードの説だけでは納得できない方もいるだろう。だが、彼女のような主張は、実は珍しくもなんともないようだ。『未開の戦争、現代の戦争 現代人類学の射程』(栗本英世・著、岩波書店)によれば、たとえば、ブロニスロウ・マリノフスキーは、1941年に発表した論文で、個人の怒りや暴力は、生物学的ではなく文化的問題であること、戦争は個人間ではなく、政治的単位である集団間の闘争であることを主張。また、1986年には、社会科学と自然科学のさまざまな分野の学者たちが、世界各国からスペインのセビーリャに集まり、「暴力に関するセビーリャ宣言」を採択した。この宣言は、暴力と戦争に関する4項目、「(1)戦争や暴力的行動は遺伝的にプログラムされている。(2)自然淘汰の過程で、攻撃的行動が進化した。(3)人間は『暴力的な脳」を持つ。(4)戦争は「本能」、あるいは単一の動機によって引き起こされる。」が「科学的に正しくない」ことを述べたもので、後に、アメリカ人類学会、アメリカ心理学会、デンマーク心理学会、ポーランド科学アカデミー、スペイン・ユネスコ委員会、メキシコ生物人類学会などでも採択されたのだとか。
実際、「人類の歴史は戦争の歴史」と言われることがあるとしても、20世紀の2つの世界大戦でも、実際に戦っていたのは、全人類、全国家の一部でしかなかった。アメリカでさえ、国民の大半は、当初は参戦を嫌がっていたのだ。
これまでの歴史の中で、はたしてどれほどの人たちが、戦争を心から望んできたのか。戦闘に参加した人の多くも、社会的・経済的システムの力で、否応なく参戦させられていたのではないか? 進んで参加したように見える人も、他の時代、他の社会に生まれていたら、どうだったろう?
人間の歴史に戦争はつきものだったかも知れない。たしかに、たとえば、日本の歴史の中から戦国時代だけを取り出して眺めてみれば、戦争は人間のサガであり、永遠になくならないもの、という結論にたどり着くのは、むずかしくあるまい。だが、その戦国の世も、江戸幕府という「戦争を抑止する権力」が確立することで、終止符が打たれ、長い間、戦乱は抑えられた。
やはり、ミードが言うように、戦争を抑制するシステムをつくることは可能だ。そして、ICCは、その新たなシステムに育ちうる。
とまあ、以上のような観点からも、紛争の平和的手段による解決を原則とする国連憲章は、やはり尊重すべきルールに思うのだが、国連査察も終わらぬうちにイラク攻撃に踏み切ったアメリカ政府を即座に支持した日本の政治家や報道関係者、文化人たちの程度は、いかに?
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