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虚構の上に立ついやしの「極右」か、現実の上に立つ節度ある「極右」か

2006.11.19.01:00ころ

当ブログを地道にチェックしてくれている「極右」ブログが2つあります。
一つは、侍蟻 SamuraiAri。もう一つは、極右評論です。「維新政党・新風」とか、「〜新しい風を求めて〜ネット連合」などと直接関わりのあるブログのようです。

前者は一度トラバをくれており、それなりに読ませる論理もあるので、ちょっと好印象を持ったのですが、
そこの主催の方が管理しておられるという「極右評論」には、理解できかねる部分が少なくありません。

それでも、どちらのブログからもいわゆる「荒らし」が大量に押しかけてきて当ブログのコメント欄が炎上するなどということもなく、その点については、ブログに言論の場を持つ者としての信頼感というか好意というかを、なんとはなしに、両ブログとその読者に対して、感じています。現在の立場や考えは強烈に違っても、ひょっとしたらあちらの読者にも、私の主張していることがいくらか理解しえもらえるのかも、とか。まあ、甘っちょろい期待かも知れませんが。

ともあれ、当ブログとは立ち位置と視点があまりに違いすぎて今もあまり読む気がしない両ブログですが、こちらにコメントをくれた佐倉さんは、このどちらかのブログを経由して当ブログに来られたようです。また、「侍蟻」さんのブログに、ちょっと気になる一文が最近掲載されました。この機に、佐倉さんへの返答を兼ねて、両ブログを眺めての雑感を書いてみます。

辛辣な内容になった気もしますが、それはお互いさま、言論・表現のブログを運営する者同士のこととして、きっとご理解いただけるでしょう。すべての記事をきちんと読んだわけでもないので勘違いなどあるかも知れませんが、それもまたお互いさまということで、ご容赦いただけるでしょう。

そして、後は読者の皆さまのご判断にお任せするのが、「言論の自由市場」で意見をぶつけ合う者として、最適かと思います。

最初、「極右評論」さんのところで当ブログの掲げる「多文化・多民族・多国籍」という言葉がどうも「スローガン」だと受け取られているようでびっくりしました(多国籍まで含めて掲げているところは、寡聞にして当ブログ以外に知りません)。
だって、これはスローガンなんかではない、単なる事実です。この日本社会に厳然として存在する現実です。

本ブログにスローガンがあるとすれば、「極右評論」さんがここで触れなかった「人として」の部分です。

「こんな現実があるんだから、それに合わせて、すべての人が尊重される、もっと人に優しい社会をに変えていこう。それが日本国籍を持つ人にとってもプラスになるし、人として当然目指すべき道じゃない?」

というわけですが、その目指すべき「人」のあり方が、「極右評論」さんや「侍蟻」さんと私とでは、まったく異なるようで、しかも、遠すぎるものを感じてしまいます。

目的だけでなく、そもそもの出発点、立脚点も異なります。

たとえば、「極右評論」さんの単一民族国家 それが日本社会だ!"というエントリーですが、明治以降の近代日本が歩んだ歴史を振り返ると、事実の一部のみをフレームアップして作った虚構だと断ぜざるを得ません。

そのエントリーでも紹介されている沖縄、アイヌの人たちの例を挙げればわかるように、近代国家としての日本は、その成立時からして、多民族国家でした。だからこそ、アイヌ民族に対する創氏改名(1876年)や伝統的な生活、生産手段の剥奪・破壊に始まり、琉球処分(1879年)後の沖縄でも同化教育が展開されていったのです。
そして、その後も、嫌、今でさえ、アイヌ民族、琉球民族に対する差別は厳然として存在してきました。
こちらで紹介されている書籍などをご参照ください。また、こちらで紹介した『人類館 封印された扉』も超お薦めです。)

「単一民族化」を押し進めるために日本政府が展開した「同化政策」をまったく無視して、「長年にかけて融和を図ってきた」などと主張するのは、虚構の上に作り上げた残酷な物語だと言うほかありません。

残念なことに、この手の言説を心地よい「癒し」として好む人が少なくないのでしょう。石原都知事の人気や、『マンガ嫌韓流』の書店での一時の平積み具合と同様の構図でしょうが、その構図は、どことなくカルトっぽいなあ、と思います。
(『マンガ嫌韓流』しかお読みになったことのない方は、『マンガ嫌韓流』のここがデタラメ—まじめな反論 不毛な「嫌韓」「反日」に終止符を!対話と協力で平和を!! 』をぜひお読みください。)

そして、いわんや、21世紀に入った現在においておや。

大日本帝国時代に日本本土に移り住んだ被植民地の人たちの子孫や、その他様々な理由でこの国に移り住んできた人たちやそのまた子孫たちが、すでにかなりの数、日本国籍を取得しています。そして、父母の国の文化を日本の文化と同様に自分たちの子どもに伝えようと、努力している人も大勢います。
そこを見れば、「日本は多民族国家」だという現実があらためて確認できるのではないでしょうか。

にもかかわらず、この国の「多民族性」を認めず、「日本は単一民族国家」であるという「架空の事実」にすがろうとするのなら、その姿勢は「その単一民族」に入りきらぬ人たちの存在を思考の上から排除・抹殺するものであり、きわめて残酷かつ危険です。

実際にアイヌ民族や琉球民族に対する差別撤廃を掲げて当事者が声を上げている事実自体が、「極右評論」さんには無視され、『すべては「在日朝鮮人」の姑息なまでの陰謀』だと単純化されています。
ナチスがすべての悪の根源としてユダヤ人をスケープゴートにしたのと同じ構図が、ここでは見えます。自民党のやり口と同じじゃん、と思えます。

「日本が多民族国家である」「日本は多文化・多民族社会である」という事実を認めることを拒絶して、「架空の日本(像)」を作り上げ、「事実を語ることは日本を破壊することだ」などと主張されると、なんだかカルトの伝道師に説教されてるみたいで、疲れてしまいます。せっかくの週末なのに……。

外国人犯罪や不法滞在者による犯罪に、とりわけ強い憎しみを抱く感情が心の底から湧いてきたとすれば、それはレイシズム、差別意識に心を蝕まれている証拠です。

そもそも、ある程度人生経験を積んできた人なら、わかるはずです。
集団とそこに属する個人とを同一視することが、いかに無茶な話であるのかを。

ただ、こうしたレイシズム、差別意識が、今のあなたや私の心の中にあるとしても、無理からぬことだと思います。

日本政府が率先して「外国人犯罪」「不法滞在者による犯罪」の脅威を煽ってきた昨今の社会状況を見れば、そして、それをマスメディアが補強し、さらに、真偽定かでない恐ろしげな情報がウェブにあふれ返っている今の日本の状況を考えれば、ある意味、一種の「ブレイン・ウォッシング(洗脳)」にあなたも私も曝されているわけですから。

問題は、その先です。

レイシズムや差別意識に強くとらわれると、社会の現実が見えなくなります。

「憎しみはダークサイドへの道、苦しみと痛みへの道なのじゃ」

というマスター・ヨーダの言葉を引用するまでもなく、
いわれのない差別や偏見を基に社会の現実を理解しようとすれば、間違った結論ばかりが導かれることになり、遂には、無実の他者に危害を加えることになってしまいます。
上記2つのブログ主は、今、そんな迷宮に入り込んでしまっているように見受けます。

社会の中で誰かに対して「強者の側」にいる人は、その誰かに対して危害を加えやすい立場にあるわけで、より一層の注意と自制が求められます。
いや、その「強者」「弱者」の関係はあくまで相対的なものなので、誰かにとっての「弱者」が別の誰かにとっては「強者」であることも、珍しくありませんから、私たちは皆、心に植え付けられてしまったレイシズムや差別意識に打ち勝つ努力を、常に続けねばなりません。

心に巣食ったレイシズムや差別意識を消し去る努力をするのが望ましいと個人的には思いますが、それが無理であれば、せめて、そのレイシズムや差別意識に基づいた行動をとることを避け、レイシズムや差別意識に基づいた現実があれば、その変革を目指す。そんな努力を続けることで、人は人間として成長し、成熟していくのです。

いわゆる「不法滞在」の人たちが、日本の出入国管理及び難民認定法に違反する状態にあるのは、否定できません。その点だけ、フォーラムにおける佐倉さんの「野次」は正しい。

しかし、「その言葉を使いたくない」「非正規滞在という言葉を使いたい」という報告者の姿勢も、極めて自然であって、正当性があります。

日本政府が「不法滞在は犯罪の温床である」などという悪質なプロパガンダを展開したおかげで、「不法滞在者」イコール「犯罪者またはその予備軍」というイメージが、日本社会には広まってしまいました。そのことは、内閣府の世論調査結果などに現れています(何度も紹介していますが、『治安ほほんとうに悪化しているのか』久保大・著や、当ブログのこちらのグラフなどをご覧ください)。
そんな社会の中で、「不法滞在者」イコール「犯罪者またはその予備軍」ではない、と知っている報告者が、そして、そういう立場の子どもたちを支援している報告者が、「不法滞在」などという言葉を避けようとするのは、ごくごく自然な話です。自然な人情です。

そして、それを知りつつあえてあのような「野次」を飛ばした佐倉さんは、人道という本来ならば法をも超越するものに則って活動をしている報告者に対して、この社会状況における「強者の立場」から、極めて底意地の悪い言葉を投げつけたのです。それは「ツッコミ」などと軽く呼べるものではとうていありません。

考えてほしいのが、いかなる出入国管理政策を日本政府が採用しようとも、この世界に経済格差が存在する限り、そして、日本の経済力が世界最下位にでもならない限り、日本に生活の場、生活の糧を稼ぐ場を求めて来る人は、合法・非合法いずれの形でもなくなりはしないだろう、ということです。

そして、その人たちがこの地で育んだ家族の中には、日本から追い出すのはあまりにも酷な結果になる子どもたちが、当然に生まれ、育ってきます。
そんな子どもたちを、親が「不法滞在」だからといって日本から追い出すことを正当化するのは、残酷過ぎるのではありませんか。

窮鳥懐(ふところ)に入(い)れば猟師(りょうし)も殺さず。

「これは中国の言葉なので、そんなものは日本では通用しない」などと言われてしまいそうですが、
そんな情けすら「不法滞在」という一言で消し去ってしまうのが、はたして人として正しいことなのでしょうか。

また、「不法滞在」というだけで、その人の生活の実態を見ずに、この社会から追い出してしまってよいとする主張は、冷酷過ぎるだけでなく、この社会の中に、人として当然認められるべき権利や保護を受けられない新たな「賤民」を生み出すという点で、極めて危険です。

夢を追う人たちの国境を越えた移動と国家による入管政策との軋轢から生まれる「不法滞在」は、いつまでもなくならないでしょう。
そうであれば、この日本社会には、一人前の「人権」を認められず「人の情け」にも保護されない「不法滞在者」という「賤民」層が、常に再生産されつづけることになります。

そんな社会が、はたして日本人にとっても住みやすい社会でしょうか?

自民・公明連立政権は、『悪夢のサイクル—ネオリベラリズム循環』によってこれからますます広げる国民の間のさまざまな格差が生むであろう不満のはけ口として、新たな「被差別民」「賤民」を必要としています。
そこで、日本国民はなることのない、いわば、日本国民からは安心して叩ける「被差別民」「賤民」として、また、国際的にも非難を浴びることが少ないだろうということで、「不法滞在者」が選ばれた。私にはそう思えます。
(今は北朝鮮政府も日本政府への不満をそらすための格好のスケープゴートになっていますが、こちらはいつまでもスケープゴートでいてくれるとは限りません。)

「不法滞在者」を非難していれば失政に対する国民の不満をそらし続けることがいつまでも可能なのですから、日本の権力者たちにとっては、こんな便利な話はないでしょう。そしてそれは、下層レベルに位置づけられた日本国民の生活の改善には、まったくつながらないという、まったく悲惨な結末にたどり着きます。
こちらのエントリーをご参照ください。)

佐倉さんのフォーラムでの発言を「野次」と呼んだのは、上に書いたような冷酷さを感じたからであり、また、報告の途中に無理矢理割って入る無粋なもの、フォーラムの進行を妨げるものだったからでもあります。

この佐倉さんの無粋さ、冷酷さをほめ讃える「侍蟻」さんは、来週のシンポジウムが「盛況になりそうだ」と、嬉しそうに記しています。

この一文は、「侍蟻」さんのお仲間が、シンポジウムの進行を妨げようとする「無粋」な行動か、「虚構」に基づいた「カルトで冷酷な言動」か、そのどちらかをシンポジウムの場でなそうとしていると、私にはそう読めます。

できれば、以前トラバをもらった時に感じた好印象を信じたいですし、
また、仮にも「侍」を名乗るブログのお仲間にそんなことをする人はいないと思いたいですし、
さらには、そんな冷酷さや無粋さこそが彼らの守ろうとしている「日本像」だとは思いたくありませんので、
この読解が誤りであって、
佐倉さんが無粋で冷酷でありながらもある面での「事実」を語ったような節度が、「侍蟻」さんのお仲間にあることを、そして、佐倉さんと違ってシンポジウムの進行を妨げないだけの成熟した節度を「侍蟻」さんのお仲間たちが持っているだろうという期待を、「侍」の名に託して、このエントリーを終えたいと思います。

私のブログが紹介したがためにシンポジウムが変な具合に荒らされるなんていうおそれを、黙って見過ごすわけにはいきませんので。

(おまけ)
「外国人犯罪」の宣伝と報道(英訳付き、コムスタカー外国人と共に生きる会)他(2006.07.07)
『治安はほんとうに悪化しているのか』東京都治安対策担当部長(前)の懺悔あるいは告白(2006.07.16)
『治安はほんとうに悪化しているのか』書評on読売新聞!!(2006.7.25)
在留許可求め、東京入管前でデモ/「治安悪化説に異論」(東京新聞インタビュー)(2006.09.24)
「またテロですよ!」(非国民通信)を読んで(入管法改定案に関する国会会議録より)(2006.10.15)
共謀罪審議に松島みどり議員が登場(入管法改定案に関する国会会議録より)(2006.10.22)
虚構の上に立ついやしの「極右」か、現実の上に立つ節度ある「極右」か(2006.11.19)
【超お薦め!】『犯罪不安社会』を読んで、明るい2007年へ!(2006.12.25)
「外国人犯罪」不安にどう立ち向かうか/「来日外国人」数の試算(2007.1.3)
「リピーター=凶悪犯」か?/人と人との連帯の可能性と素晴らしさと(2007.1.12)
法治国家で窮鳥懐に入れば大岡裁きに遠山桜!/在留支援のためのお願い2つ(2007.1.23)

コムスタカー外国人と共に生きる会

インターネット新聞『JANJAN』
『マヤカシの「外国人犯罪増加」論〜「人種差別」と「棄民」を生む社会の行方〜』(2004/04/15)
『マヤカシの「外国人犯罪増加」論〜「人種差別」と「棄民」を生む社会の行方〜』(全4回の第2回)(2004/04/16)
『マヤカシの「外国人犯罪増加」論〜「人種差別」と「棄民」を生む社会の行方〜』(全4回の第3回)(2004/04/17)
『マヤカシの「外国人犯罪増加」論〜「人種差別」と「棄民」を生む社会の行方〜』(全4回の第4回)(2004/04/18)

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コメント

大日本帝国は典型的な多民族国家ですが、何故か自称右翼はそのことを認めたがりません。
当時の日本が多民族国家だったので、当時の右翼は多民族協調の姿勢をとることが普通で、和人セントリズムを振りかざすのは一部の国学者や国民主義者でした。
ちなみに現代風の国民主義者(一民族一国家観)は朝鮮半島や台湾、北海道、樺太の分離をあおるので共産主義者らのとともに左派に分類されていました。

大正から昭和初期の中学(現在の高校)歴史や公民教科書でも、帝国臣民として多民族協調を一章をもうけて記述しています。
当時の教科書は国定教科書でしたの日本国家の公式見解として多民族国家だったことがわかります。

少なくとも明治維新以来の近代日本の国家体制を一方的に是認する立場からは、日本は多民族国家だったし、今もそうだと言う以外には有り得ません。

小熊英二が明らかにしたように、日本の単一民族国家神話は戦中のヒステリーをベースに戦後民主主義の総懺悔体制の必要から社会に定着させられたもので、彼ら自称右翼たちの言葉を借りれば極めて「サヨク的」なものです。
ところが現代の自称右翼たちが本来左派の思考である単一民族国家神話に固執するため自己矛盾に陥っています。
右翼が右翼であるためにも単一民族国家神話の打破は積極的に行うべきだと思います。

頑張ってください。

多文化・多民族・多国籍社会で「人として」 管理人様

 こんにちは、侍蟻です。

 このたびはトラックバックを有り難う御座いました。

 また、当ブログならびに『極右評論』を取り上げて頂き、篤く御礼を申し上げます。
 日を置かずして、こちらからも再び貴殿らの御活躍ぶりについて触れさせて頂きます。
 ですが、不毛な罵り合いや叩き合いは避け、冷静に互いの主張を展開させて、その上で双方の言い分の是非については読者の方々が自身で判断されることが肝要かと存じます。

 今後とも宜しくお願い申し上げます。

>元道さん

 どうも、はじめまして。

 右翼は皆「自称」です(笑)。自称ではない右翼はいないでしょう。国家試験があるわけでも検定があるわけでもなく、資格も必要ありません。
 自身で「右翼」と言った時点で右翼となります。^^

元道さま、はじめまして。
コメント、ご教示、そして励ましのお言葉、ありがとうございます。

戦前の歴史・公民教科書で、多民族協調を1章割いて記述していただなんて、まったく知りませんでした。
世界史の必修化も良いけれど、日本の近現代史を知ることが、やはり必要なのかなと思います。

小熊英二さんの本は、『日本という国』が今、積読状態になっています(汗)。
読みやすそうなので、かえって後回しになってしまいました。これを機に、一気に読むことにします。

amazonで検索してみると、同氏の『単一民族神話の起源』って、11年も前の本なんですね。
こちらもいずれ読んでみたいと思います。

今後ともよろしくお願いいたします。

侍蟻さま、はじめまして。
当ブログ主の仲@ukiukiです。コメントどうもありがとうございます。

>日を置かずして、こちらからも再び貴殿らの御活躍ぶりについて触れさせて頂きます。

活躍と言えるほどのことは、謙遜でもなんでもなく、ちっともできておりませんので(できていれば、世の中もうちょっと変わった姿になってるはずです)、そう言っていただけると、非常に恐縮です。
と言うか、何だか落ち着かないかも。

> ですが、不毛な罵り合いや叩き合いは避け、冷静に互いの主張を展開させて、その上で双方の言い分の是非については読者の方々が自身で判断されることが肝要かと存じます。

同感です。

こちらこそ、今後ともよろしくお願いいたします。

トラックバックしました。特に後半部分を読んで欲しい。
右派は不満のはけ口とか叩きたいとかでなく心底出ていって欲しいと思ってるのですよ。日本に合わせるという意味で懐に入ってくれるなら大歓迎するんですけどね、違う文化持ったままで入られるのは嫌なんですよ。ホントは叩くのも嫌。関わりたくない。只々出ていって欲しい。という事なのですよ。

その良し悪しはともかく、ありのままを受け止めて下さい。

教育について言うのであれば戦前の日本は多くの留学生をアジアから受け入れてよく努力したと思います。
戦前、多くの日本人が高等教育に参加できなかった現実を知っているのであれば戦前の日本の教育関係者の努力には頭が下がる重いです。
彼等が教育を通して実現しようとしたのが偏狭な価値観でないことは明らかです。
もし大東亜戦争がなければその努力は開花したはずです。
戦後、多くの日本人が高等教育に参加しましたがその多くは戦前の
高等教育に参加できなかった日本人の子弟であり、彼等が言うところの自由と民主主義は単に分け前をよこせという程度の主張であり
高等教育が何であるかとは無縁です。
戦前と異なり1990年以前まで日本は全くといって良いほど外国人留学生を受け入れなかったのがその証拠であり、その壁を破ったのは日本の教育関係者ではなくて中曽根首相を中心とする戦前の日本の高等教育に馴染んだ政治家の努力であったことを留学生は胸に刻む必要があると思います。
1990年以前の日本の教育で連呼されていた自由と民主主義の実体は問われてしかるべきでしょう。
彼等が自由と民主主義を叫ぶことによって目指したのは排他的な縄張り意識でしかありません。
単一民族・多民族に共通する価値観が存在するという常識は必要でしょう。

sadatajp さん、はじめまして。
コメント&トラバ、ありがとうございます。

トラックバック先の記事、拝読いたしました。重要な問題を提起してくれていると思いますし、結論はともかく、途中までは私にも似た問題意識があるなあと考えながら読みました。

提起された問題をもっとじっくり考えてから、あらためてお返事したいと思います。

ただ、別エントリのコメント欄にも書きましたが、sadatajpさんのこのコメントも含めて、重要な問題を提起・提示してくれるコメントが、ちょっと慣れないくらいに相次いでおり、私の現在の対応能力を超えています。風邪が長引いてるせいもあって、ちょっとふらふらです(涙)。

できるだけ丁寧にお答えしたいと思いますので、今しばらくお待ちください。

なお、お答えする前に、当ブログの通常の形での情報提供などを行うことがあるかと思います。
そのへんはどうぞご理解ください。

今後ともよろしくお願いします。

金 国鎮さん、こんにちは。

戦前も戦後も、善意で留学生のために活動してきた人は、少なくないのだろうと思います。満州国にもきっと、「五族協和」のスローガンを心底実現しようと考えていた人がいたことでしょうし。
ただその一方で、留学生受け入れは日本の将来の国益のためだったという点も、見落としてはならない事実なのだと思います。
「大東亜戦争」がなかったとしても、善意で動く人と国益追求のために動く政府、そのどちらが主導権を握るかで、まったく違う2つの結果が現れる可能性があったのではないでしょうか。

とまあ、こんな抽象論を述べるくらいしか、この件についての知識に乏しい私ですが、

>1990年以前の日本の教育で連呼されていた自由と民主主義の実体は問われてしかるべきでしょう。
>彼等が自由と民主主義を叫ぶことによって目指したのは排他的な縄張り意識でしかありません。

この部分は、わかる気がします。
ただ、「1990年以前」と限定するのではなく、そこを「これまで」と言い換えてもよいのではないかなあ、と思います。

>単一民族・多民族に共通する価値観が存在するという常識は必要でしょう。

この部分については、ちょっと私が誤読しているかも知れませんが(汗)、
「単一民族社会で生まれ育った人も多民族社会で生まれ育った人も、実はどこか共通する価値観を持っているものだ」と読みました。
もし誤読でなければ、同感です。
誤読していれば、どうかご指摘、ご教示ください。

理論的にも実際にも「単一民族社会」は存在しません。
「単一民族社会であると言う思い込みを制度化して強制している社会」なら可能です。それが二風谷ダム訴訟以前の戦後日本国でした。
しかし、二風谷ダム訴訟でアイヌ民族の先住民権が確定し、歴史的・文化的な面に加えて法的な面でも我が日本国は多民族国家であることを世に明らかにしているのです。
裁判所でも国会でもアイヌ語の使用はすでに実績があり、あとはアイヌ語による行政手続さえ認められれば多民族国家としての体裁は完全に整います。
日本が単一民族国家であるなどと言うことは、今では個人的な思い込み以外には有り得ないのです。
我が国は「かつて多民族国家でした」し、そして今現在「多民族国家」です。
このことについてどう思おうが、この事実は変えられないので受け入れる以外に私たちに選択肢はないのです。

佐倉です。

> 大正から昭和初期の中学(現在の高校)歴史や公民教科書でも、帝国臣民として多民族協調を一章をもうけて記述しています。
> 当時の教科書は国定教科書でしたの日本国家の公式見解として多民族国家だったことがわかります

質問してよろしいでしょうか。
ここで言う「多民族協調」の「多民族」というのは、具体的に誰のことを指していますか?


> ただその一方で、留学生受け入れは日本の将来の国益のためだったという点も、見落としてはならない事実なのだと思います。

国益を考えるのが罪なのですか?善意だけで物事を行わないと、善行を行った意味はないのですか?
当時アジアは西洋列強に植民地化されていました。植民地支配から独立できるよう日本は留学生を受け入れました。
独立すれば日本が外国から侵略される可能性が減るからです。また、アジアの人も独立できてハッピーなのではないでしょうか。
お互い利益があってはいけないのですか。自分の利益を考えながら、相手の利益も考える。なにが気に入らないのですか。

あなたが人に良いことをするときには、その人に自分が良く思われたいという気持ちは全くないのですか?
それともあなたはよほどの人格者なのですか?

佐倉さん、こんにちは。

>国益を考えるのが罪なのですか?善意だけで物事を行わないと、善行を行った意味はないのですか?
>当時アジアは西洋列強に植民地化されていました。植民地支配から独立できるよう日本は留学生を受け入れました。
>独立すれば日本が外国から侵略される可能性が減るからです。また、アジアの人も独立できてハッピーなのではないでしょうか。
>お互い利益があってはいけないのですか。自分の利益を考えながら、相手の利益も考える。なにが気に入らないのですか。
>
>あなたが人に良いことをするときには、その人に自分が良く思われたいという気持ちは全くないのですか?
>それともあなたはよほどの人格者なのですか?

そういうツッコミがあるだろうなあと思いました。
ただ、「気に入る」「気に入らない」の問題ではないのです。
日本の役に立つ指導者を他国の中に育てることが、結果的にはその国の多くの人びとにとってはありがたくない政権をつくることもありうる、そういうことを言いたかったのですが、言葉足らずだったかも知れないですね。
ちょうど『日本という国』(小熊英二)の第2部を読んでいたので、
その影響が不親切な形で現れてしまいました。
同氏の『単一民族神話の起源』への期待が高まっています。

「人格者」たらんと心がけてはいますが、道は険しく遠いなあとため息ばかりがこぼれる毎日、とまあ、そんなところです。

ところで、別エントリーでのコメントへの回答の参考になればとお尋ねしますが、
佐倉さんは、カナダで10カ月の生活を体験されたとか。
それは何歳頃のことで、また、「日本文化を自分の文化」と認識するようになったきっかけは何だったのでしょうか?

差し支えなければ、お教えください。

佐倉です。
風邪は完治したでしょうか。

> 日本の役に立つ指導者を他国の中に育てることが、結果的にはその国の多くの人びとにとってはありがたくない政権をつくること
> もありうる、そういうことを言いたかったのですが、言葉足らずだったかも知れないですね。

その指導者は日本の役に立つためではなく、自分の国に貢献できる人材になろうと、日本にやってきたのですよね。
日本としては、親日国家になって欲しいから日本に招いた、という思惑はあったでしょう。
でも「その国の多くの人びとにとってはありがたくない政権」を作ったとしても、
それは日本のせいではなくて、その指導者の責任ではないですか?

基本的に同意いたしますが、どこの国もやっていることですよ。
例えば、ソ連は中国と北朝鮮の指導者を育てました。
基本的に中国、北朝鮮共にソ連に対しては友好関係にあったと思います。
しかし、中国は共産主義こそ正義とし、文化大革命で自国の文化を否定・破壊し、大躍進にて多くの餓死者を出しました。
また、北朝鮮はソ連風の独裁国家となり、首脳部はすばらしい生活を送っているが、多くの国民は餓死と戦っております。
「その国の多くの人びとにとってはありがたくない政権」を作ったなぁ、と思います。

政権のみならず、政治家もそうだと思います。
中国は世界の政治家を招いて、大歓迎をします。それでその政治家は「中国は良い国だ。親切にしなければ」と思って、
中国に有利な契約を結んだり、経済援助を与えたりします。はたしてそれが、その国にとって、ありがたいのか。


20世紀初頭の話をしましょう。
私の結論から言うと、「独立国家を目指す有色人種は、日本を目指す以外の選択肢は無かった」です。
当時アジアにおける独立国家は、日本とタイしかありませんでした。
タイは外交手腕と、白人国家の植民地の緩衝地帯としての地理的条件で独立を保っていました。
はたして、植民地の人間が独立運動を行うのに協力する独立国家が日本以外にあったでしょうか。

フィリピンを例にしましょう。
アメリカは、独立を約束して、フィリピン人と共に、宗主国のスペインと戦いました。
フィリピン人が勝利しスペイン人が去った後、フィリピンはどうなったでしょうか。
アメリカの植民地になりました。帝国主義とはそういう時代です。

その点日本は、「日本の周りに独立国家ができれば、西洋列強の侵略を防ぐ防波堤になってくれる」という方針で、
アジアの独立を願っていたと思います。
仲さんは「日本に有利な政権」が樹立されるよりも、西洋に植民地支配されている方がましと考えておられるのですか。

独立しないことを希望しているならそれで構わないのですが、独立を願っていたので、手助けしました。
たとえ「人びとにとってはありがたくない政権」でも植民地化されているよりは、ましではないでしょうか。
植民地支配から脱して、はじめて「ありがたい政権」も作れるのではないでしょうか。

「ありうる」という可能性の話をして、日本の他国への貢献に泥を塗ろうとするのには、違和感を覚えます。
どうあっても日本が悪い国じゃないと、気が収まらないんだな、と。
日本がアジア各国に貢献したと考えるのが、そんなに嫌ですか?
なんで日本の親切を素直に考えられないのか不思議です。

> ちょうど『日本という国』(小熊英二)の第2部を読んでいたので、
> その影響が不親切な形で現れてしまいました。

どのようなことが書かれていたのでしょうか。
簡単に説明いただけると嬉しいです。

とりあえず、ここで一度区切らせていただきます。
いつも長文で、申し訳ありません。改善は見込めませんが(笑)

>ここで言う「多民族協調」の「多民族」というのは、具体的に誰のことを指していますか?

国内の台湾諸族、朝鮮人、ロシア人、アイヌ人、アイヌ人以外の北方諸族でした。
教科書は、天皇陛下の下で臣民として協力し合い、人種差別のない平等な社会を呼びかけています。
ただし、この「平等」が眉唾で、民族問題が深刻ではなかった西日本中心部ではこれを諸民族の総和人化だと誤解していたものと思われます。
しかし民族問題の最前線だった樺太では、アイヌ人教師がロシア語による補習授業を行い、文部省視学官がこの取り組みを絶賛しておりました。
で面白いのが、補習対象だったロシア人日本国民生徒は日本本土の出身で日本語を母語としていた点です。私はこの「ロシア語による補習」が実は「ロシア語の補習」だったのではないかと疑っており、今後のテーマとしています。

教科書現物を見ながらではないので、不正確な記憶でお答えしますが、これで宜しければ・・・

佐倉です。

>  >ここで言う「多民族協調」の「多民族」というのは、具体的に誰のことを指していますか?
>
> 国内の台湾諸族、朝鮮人、ロシア人、アイヌ人、アイヌ人以外の北方諸族でした。
> 教科書は、天皇陛下の下で臣民として協力し合い、人種差別のない平等な社会を呼びかけています。

元道さん、回答ありがとうございます。
国内(当時だと、台湾や朝鮮半島を含む、ですね)の台湾諸族、朝鮮人も臣民として、平等に扱う、ということですね。
韓国人が色々言っていますが、別に日本人は朝鮮人を奴隷として扱ったわけでなく、ちゃんと帝国臣民として扱ったわけですね。
差別がなかったとは思いませんが、国策としては、平等であったと。
戦前は国民にロシア人もいたというのが、驚きです。

> あとはアイヌ語による行政手続さえ認められれば多民族国家としての体裁は完全に整います。

え??????
アイヌの人って、日本語書けないのですか?4年ほど前にアイヌの集落に行きましたが、普通に日本語で会話してましたが、、
アイヌ語が消滅しそうで大変だ、という話なら聞いたことがあります。
アイヌ語による行政手続きができるようになったら、行政が混乱するだけだろうし。
あとアイヌ語に文字はないから、文章作成ができないのでは?カタカナで書くのですか?
本当に「体裁を整える」だけになりそうです。必要性がさっぱり分かりません。

佐倉です。

> 佐倉さんは、カナダで10カ月の生活を体験されたとか。
> それは何歳頃のことで、また、「日本文化を自分の文化」と認識するようになったきっかけは何だったのでしょうか?

えーと、22歳くらいで911テロのあたりです。(ああ、年がばれる)

カナダってどういう国だと思いますか?軍国主義国家?
教育法改革反対派に言わせると、そうなりますよ。

・そこかしこに国旗がはためいている。
・なにかの度に国歌を起立して歌っている。日曜日のラジオで流れてるし。
私も立ちましたよ。「郷に入りては、郷に従え」です。
・兵隊さんありがとう、の祝日がある。
 バンクーバーでは、年に一度、町のど真ん中で軍隊のパレードをやってる。
 小型飛行機(戦闘機?)も飛んでます。

当時は私も仲さんに近い考え方の持ち主だったので、「意外と軍国主義な国なんだな」と思いました。
しかし現在では「警察は国内の犯罪から、兵隊は国外の犯罪(?)から、日本を守る」という考えになり、
あのような祝日も当然だな、と思っています。
また、国旗国歌に敬意を示すのは、国際常識と言われ、カナダの経験から納得しました。
国際化・多文化共生を唱えてる方は、この国際常識から外れている方が多くはないでしょうか。
国際化のためと言いながら、英語と国際非常識を教師は生徒に教えてないでしょうか。


せっかくだし、民族共生ネタをひとつ。カナダには3種類の国歌があるようです。
音楽は全て一緒なのですが、詩がそれぞれ英語、仏語、イヌイット(いわゆるエスキモーの人たち)の言葉です。
さすが移民の国、と思いました。

「なんでアイヌ語の『君が代』が無いんだろうな」と考えたら、北海道にさざれ石があるわけないし(岐阜県にあります)。
また、『君が代』は「詠み人知らず」の短歌なんですよね。アイヌ語に翻訳しても、意味がない。
国歌が3言語あるのも良いですが、ニーズがあって作ったって気がして、人工的な感じがします。
それより千年前に一般人が読んだ歌が読み継がれて、国歌になっているって言う方が、
文化的で歴史があって素敵ですよね。(えっ、思わない?)


「日本文化を自分の文化」と認識するようになったきっかけ:
色々ありますが、いくつか挙げると、

・富士山に登って、ご来光を見たとき、自然と太陽を拝んだ。
 「日出ずる」ところを国旗に描いた先祖の気持ちを理解した。

・日吉大社(滋賀県)で日の出と共に神主さん(?)が祝詞をあげ、お供え物をしていた。
 仏壇の祖父母にお供え物をするのと一緒か、と。
 自分と神様しかいないところで(このときは、私がいましたが)
 粛々と毎日(日曜日だけなら、ショックだなぁ)儀式を行う姿に感動。
 二礼二拍一礼は一緒にやらせていただきました。

などです。
自然や神の前で敬虔な気持ちになり祈る、千年前の日本人も同じだったのではないでしょうか。
そこに、祖先から受け継いだ文化や価値観を感じました。

あと、「国際派日本人」というメーリングリストを読んで、日本についての知識を得たことでしょう。
これは本当におすすめです。
カナダに行く前に読んでいれば、日本に興味を持ってくれたカナダ人に色々な日本の話ができたのに。

多文化共生も結構ですが、その前に祖先から受け継ぐべき文化を見つめて、もっと知ることをおすすめします。
自分あっての他人、自分の文化あっての他文化、だと思います。

佐倉さん、こんにちは。

風邪は治らぬまま、前から積み残していた野暮用の処理に追われております。おかげで休みなしです、この週末も(涙)。

私にも日本文化(かなり広範な概念ですが)の良いところや好きなところはあります。だてに佐倉さんより干支一回り近く長く生きてはおりませんので(年齢がばれる?)。

ただ大日本帝国時代の日本のアジア進出はどう見ても侵略でしかないよなあ、という価値判断がぬぐえないので、ついつい佐倉さんとは違う発想をしてしまうのでしょう。

これは、どっちかというと、侵略が進む中でも、こんな泣けるいい話があったんだよ、というような、時勢に逆らった人たちにシンパシーを感じちゃう性格のせいかも知れませんね。子どもの頃から新撰組ファンだったり(笑)。

また、たとえば「日本人が在日外国人コミュニティの中にリーダーを育てる」なんて言っているのを聞くと、それってほんとにコミュニティのためになるのかな、などと疑ってしまう意地悪な性格のせいかも知れません。

このように、人格者への道はあまりにも険しく果てしなく遠いわけです。。。

『日本という国』の話は、いずれ入管法改定がらみで記事にすると思いますので、今しばらくお待ちください。

また、ちょっとプライベートに踏み込み過ぎかなと心配した質問に丁寧に答えてくださり、ありがとうございます。
こちらの回答も、すみませんが、もうしばらくお待ちください。

元道さん、こんにちは。

「ロシア人、アイヌ人以外の北方諸族」は、私の認識からすっぽり抜け落ちて、いや、正確には、認識の輪にかかってもいませんでした。近現代史……予想をはるかに超えて奥深いです。

>で面白いのが、補習対象だったロシア人日本国民生徒は日本本土の出身で日本語を母語としていた点です。私はこの「ロシア語による補習」が実は「ロシア語の補習」だったのではないかと疑っており、今後のテーマとしています。

たしかにその状況では、元道さんの推理がしっくりきますね。「継承語としてのロシア語授業だった」と。
アイヌ人教師が教えていたというのも、多言語が接触し合う地域だったという背景を想像すると、非常に興味深いです。

倉です。

> ただ大日本帝国時代の日本のアジア進出はどう見ても侵略でしかないよなあ、という価値判断がぬぐえない

私も一年前まではそう考えていました。しかし、色々と調べてみると、
どうやら日本のアジア植民地化は独立国を作るための下準備だという結論に至りました。
昨日まで白人の奴隷をやっていたのに、今日から国を経営してね、と言われても、無理だろ、それは、と。
植民地化された国の方の意見を見ると、そういう結論に至ります。
ぜひ、以下のページを読み、事実かどうか確かめていただけると価値判断が変わると思います。

http://shupla.w-jp.net/datas/flash/vip1219.html


> たとえば「日本人が在日外国人コミュニティの中にリーダーを育てる」なんて言っているのを聞くと、
> それってほんとにコミュニティのためになるのかな、などと疑ってしまう意地悪な性格のせいかも知れません。

しつこいようですが、「当時は白人の植民地であった = コミュニティがなかった」のです。
その外国人がコミュニティ(国)の作り方が分からない以上、
分かっている日本人が外国人のリーダーを育てるのが悪いことではないと思うのですが。
それともコミュニティの作り方を教えないで、そのまま放置しておく方がベターとお考えですか。
その場合、再植民地化されるのが関の山だと思います。

それより「日本は多文化を認めなければならない!それが日本のためだ!」と言う方々の方がよっぽど胡散臭いです。
要するに自分が認められたいだけでしょう?自分勝手にやりたいだけでしょう?
自分の家で粛々と文化継承をするか、自分の文化圏に帰って大々的にやってちょうだい。
自分の文化継承のための費用に日本政府の懐を当てにしないでちょうだい、と思います。

あと、その外国人コミュニティが日本にある以上、日本に有益で無ければならないのではないですか。
有害であれば、日本人から反感が出て当然です。
「彼らは日本にとって有益であるから、我々日本人は彼らを受け入れよう」というのなら理解可能ですが、
「彼らは自分の利益だけを主張し、日本にとって有害だが、我々日本人は彼らを受け入れよう」というのは意味不明です。
日本社会でうまくやっていける外国人コミュニティを作るのには、日本人の価値観が分かっているリーダーが必要で、
それを日本人が育てるのも選択肢としては良いかと思います。
外国人コミュニティの中でリーダーを育てても、自分たちの価値観に染まっているだけで、
日本との架け橋にはなれるとはおもえません。

日本人が世界の中でも自己主張をせずに、相手の価値観を認めようとする人種であることをお忘れ無く。
そうやって移住先の文化や価値観を受け入れて、勤勉に働き、公に貢献して、
アメリカでもブラジルでも日系はそれなりの地位を占めるようになったと思います。
フォーラムの方々を見る限り、外国人にそういう謙虚さなどを求めるのは、どだい無理かと。


> たしかにその状況では、元道さんの推理がしっくりきますね。「継承語としてのロシア語授業だった」と。

えーと、仲さんや元道さんは「戦前日本は朝鮮の言葉や名前を消滅させようとした」という話はいかがお考えなのでしょうか。
「継承語としてのロシア語授業だった」とすると、大日本帝国は日本民族以外の文化を消滅させる気はなかった、
ということなってしまいますけど、いいんですか?
よって、他文化を認めていた→朝鮮文化をなくす気もなかった→朝鮮・韓国人はほら吹き、ということになってしまいます。
それとも、ロシア語は特別だったと主張しますか?
意地悪な書き方をしてますが、冷静に考えてるつもりなので、おかしい点があれば、ご指摘下さい。

佐倉さん、

>日本人が世界の中でも自己主張をせずに、相手の価値観を認めようとする人種であることをお忘れ無く。
>そうやって移住先の文化や価値観を受け入れて、勤勉に働き、公に貢献して、
>アメリカでもブラジルでも日系はそれなりの地位を占めるようになったと思います。
>フォーラムの方々を見る限り、外国人にそういう謙虚さなどを求めるのは、どだい無理かと。

どうにもだんだん、レイシズムに強く染まってしまった人物との極めて困難な対話を試みているような気がしてきました。

>えーと、仲さんや元道さんは「戦前日本は朝鮮の言葉や名前を消滅させようとした」という話はいかがお考えなのでしょうか。
>「継承語としてのロシア語授業だった」とすると、大日本帝国は日本民族以外の文化を消滅させる気はなかった、
ということなってしまいますけど、いいんですか?
>よって、他文化を認めていた→朝鮮文化をなくす気もなかった→朝鮮・韓国人はほら吹き、ということになってしまいます。
>それとも、ロシア語は特別だったと主張しますか?
>意地悪な書き方をしてますが、冷静に考えてるつもりなので、おかしい点があれば、ご指摘下さい。

「戦前日本は朝鮮の言葉や名前を消滅させようとした」という話についてですが、
日本語の公教育の場での使用を強制したとか創氏改名を行なったことなどをとらえて、そう評価することも可能だと思いますが、どうなんでしょうか。計画的というより場当たり的に、差別的で乱暴な政策を進めていったように個人的には思います。
まあ、「言語や名前の消滅政策」は、私の知る限りでも、少なくともアイヌ、琉球民族に対して行なわれてましたので、韓国・朝鮮の人がそう受け止める、あるいはそのように評価することが、あながちムチャとは思えません。日本による支配が現実より長く続けば、結局そのような結果になっただろうとも思えますし。

また、「戦前日本は朝鮮の言葉や名前を消滅させようとした」としても、そのことと「ここで挙げられているような授業があった」ということとの間に、一方が成立すればもう一方が成立しない、という関係はありません。

とうとう、佐倉さんの論理は偏見と憎悪に突き動かされているとしか、思えなくなってきました。

所属集団によって人を断ずることの危険性は、このエントリーでも触れたつもりだったのですが、佐倉さんには届かなかったようで、となると、この先、何をどうやって語りかければよいものやら。

さすがに返答するのがしんどくなってきましたので、今後、きちんと佐倉さんのコメントにお返事しつづける意欲が湧くかどうか、自信がありません。可能な限り努力はしますが、お返事できないかも知れません。コメントをお寄せくださるときは、その旨ご了承ください。

佐倉です。

> どうにもだんだん、レイシズムに強く染まってしまった人物との極めて困難な対話を試みているような気がしてきました。

レイシズム:人種に本質的な優劣を認め、構成する人種により社会や文化の優劣を判断する考え方。

別に私は日本人が世界で一番優秀だ!なんて、言ってませんよ。
ただ日本の伝統的価値観は世界で一番良いとは思っています。
根拠としては、日本が世界で一番豊かな国の一つだから、です。
(まあ、自分の国の価値観だから、良いという点もあります。
 韓国人が韓国の価値観が一番だ、というなら否定しません。同意もしませんが。)
日本の発展は「公に尽くす」という価値観により、明治維新・戦後において日本という国が豊かになり、
結果として日本国民が豊かになったからと信じるからです。
多くの外国人が日本に来ている事実から、日本が豊かな国であることは間違いありません。
私は外国人に「日本に来た当人が豊かに」なるのではなく、日本を豊かにした価値観を母国に持って帰り、
「母国を豊かに」して欲しいと思っています。そうすれば、彼らの子孫が祖国を離れる必要性もありません。
外国人の幸せは、日本に来ることにあるのですか?豊かな国に来ることにあるのですか?
豊かな自国で一生を送るのがベストチョイスだと考えていますが、いかがでしょうか。

他人に人種差別者のレッテルを貼って終わるのではなく、なんで自分がそう思うのか説明していただけませんか?
そうでないと、「在日外国人」を神に崇める宗教みたいなものなのかなぁ、と考えてしまいます。
宗教で盲信しているから、"異教徒"に対しては「差別主義者だ!」とレッテルを付けてるのかな、と。

> 日本語の公教育の場での使用を強制したとか創氏改名を行なったことなどをとらえて

わずか一行ですが、ツッコミどころ満載です。

・現在日本の公教育の場では、東京弁(「標準語」とはあえて言いません)を強制しています。
 それは、日本教育界が方言を消滅させようとしているのですか?

・同じ日本人同士(当時は朝鮮人も日本人)で会話が成立しないのは不便ではないか。
 欧米の書物を日本語に翻訳しても、朝鮮人や台湾人が読めないのは彼らに不利益ではないのか。
 
・李氏朝鮮時代はほとんどの子供が教育を受けられなかったが、併合時代は教育を受けられた。
 朝鮮人の子供にメリットはなかったのか。
 そもそも奴隷の子供が公教育に行けるわけがないので、日韓併合を植民地化と言うには無理がある。
 ちゃんと学校に行けたのだから、「おしん」の少女時代よりいいですよね。
 (とりあえず、餓死者が出てる北朝鮮よりはマシだと思いますが、いかがでしょう?
  誇り高き北朝鮮人民は日本化されるよりは、誇りある(餓)死を選びますか? >> 朝鮮総連の方)

・学校で朝鮮語教育も行われていた。
 (「朝鮮語を消滅させるため、週2回しか授業を行わなかった」と
 「韓国高校生の歴史レポート ハラボジ・ハルモニへのインタビューと日韓交流」に書いてあります。
  消滅させようとしているなら、なんで授業を行うねん、とつっこむ)

・現在在日朝鮮人はなぜ朝鮮名を名乗らないのか?
 差別されるから通名を使っているというなら、併合時代も同じ理由と考えるのは適当ではないか。
 強制ではなく、自主的に名乗ったと考えるのが普通ではないか。
 ちなみにカナダで会った韓国人は欧米風の名前を名乗ってました。

・日本風の名前を名乗られたら、日本人は朝鮮人を見分けられなくて、差別するのに不便である。
 当時の日本人は朝鮮人と日本人を明確に見分けられたのか、差別する気がなかったのか、
 どちらが適切か。とりあえず、私は見分けられませんので、後者だと思っています。

・創氏は強制。日本では夫婦子供が同じ名字だが、朝鮮では夫子供は同じ名字で、妻は違う名字である。
 日本の戸籍を作るに当たり、日本の制度を導入するのは当然ではないか。
 ちなみに、創氏は基本は元の名字を継承し、「希望者のみ」日本名にした。
 (ここいらへんの基礎知識はあります?)

色々書きましたが、大日本帝国に「偏見と憎悪に突き動かされているとしか、思え」ない返答が来るのかな、
と予感しています。


> 「言語や名前の消滅政策」は、私の知る限りでも、少なくともアイヌ、琉球民族に対して行なわれてましたので、

アイヌ語って消滅したのですか?また現在消滅政策を行っているのですか?
私の認識では「消滅しかかっているが、現存する」です。
消滅政策は効果無し、ですね。
消滅しかかっているのは、アイヌの子供達が日本語が便利で、アイヌ語の継承を行わなかったから、ではないか。
私はよく伝統的なお祭りに行きますが、子供達は祭りに行っても、携帯ゲーム機に夢中で、
ちゃんと伝統に敬意を持って、文化継承がされていくのかなぁ、と心配です。
アイヌ文化が消滅しかかっているのも、そういう理由だと思います。

私の結論は、消滅政策は皆目徹底されて無く、単に文化の継承を行わなかったため、です。
アイヌ文化もほぼ観光の道具になってしまっている気がします。
アイヌ文化の継承に国が予算を出すというなら、僕は賛成ですね。
北海道という日本の国土に根付いた、アイヌという日本国民の文化に対して、
日本政府が予算を出すのは良いことだと思います。
補助金目当てで文化継承やられると、問題ですが。

アイヌは北海道で文化を育んできました。
日本人は日本で文化を育んできました。
朝鮮・韓国人やブラジル人は、日本で文化を育んできていない。
彼らが子供への文化継承に本気であれば、文化を育んできた土地に戻ればいい。
その土地・気候から文化や民族性は育ってきたのだから。

久しぶりに覗いたら、更に盛り上がっていたのでびっくりしました。
またお邪魔します。

佐倉さん
>国内(当時だと、台湾や朝鮮半島を含む、ですね)の台湾諸族、朝鮮人も臣民として、平等に扱う、ということですね。

そこが実は問題でして・・・
佐倉さんは「大日本帝国憲法」の適応領域が本州・四国・九州(後に沖縄も)に限定されていたことをご存じないのではありませんか?
帝国憲法は国民を「日本人」に限定していません。天皇の「臣民」であれば良いのです。ですから法律上、帝国憲法が適応される領域では臣民である朝鮮人・台湾人などを差別するのはあってはならないことでした。
ところが朝鮮半島や台湾は総督府支配ですので、帝国憲法に定められた臣民の権利が守られなくてもそれを保護する法体系がなかったのです。原敬のときに台湾の文民統治が実現し、少なくとも帝国憲法は意識されましたが、朝鮮半島では斉藤実が長州軍閥に妥協したため徹底しませんでした。
私が調べているのは「樺太」ですが、樺太も樺太庁支配による外地であって帝国憲法の埒外でした。しかしここでは強大なロシア帝国が目の前に存在し、しかもおそらく日本国内で最も多民族性の強いところだったので日本人の側に強い抑制が働いたものと思われます。

>韓国人が色々言っていますが、別に日本人は朝鮮人を奴隷として扱ったわけでなく、ちゃんと帝国臣民として扱ったわけですね。

教科書レベルではそのように確かに呼びかけています。ただし太平洋戦争中のタコ部屋労働の実態は否定しようのない事実ですので、朝鮮人日本国民への奴隷牢移動はあったと言わざるを得ません。タコ部屋労働と言うのはそう言うものです。被害者は朝鮮人日本国民に限りません。東北や九州からの出稼ぎでやってきた日本人日本国民も奴隷のように酷使されました。

>戦前は国民にロシア人もいたというのが、驚きです。
他にもポーランド人やドイツ人、ユダヤ人の日本国民、あるいは永住権者がおりました。先住民ではアイヌ人、ギリヤーク人なども日本国民でした。ただし先住民の国籍付与はロシア人よりも後まわしにされていたようです。(調査中。)

>あとアイヌ語に文字はないから、文章作成ができないのでは?カタカナで書くのですか?
この件については、こちらのサイトをご覧下さい

http://www.geocities.jp/otarunay/taimuzu.html#times

アイヌ語の表記については、さまざまな実践があります。
ヨーロッパ諸言語のようにアルファベットに記号をつける方法が主流のようです。

>北海道にさざれ石があるわけないし
アイヌ人の世界観では、石は海岸のさざれ石が川を遡って岩になります。
古代の和人の世界観と同じです。
和人、すなわち日本人の世界観の方が変わってしまったのです。

>多文化共生も結構ですが、その前に祖先から受け継ぐべき文化を見つめて、もっと知ることをおすすめします。
さて、右派の矛盾はここにあります。
日本人はかなり後の時代になって政治的につくられた民族ですので、時代を遡るほど文化的な統一を失い多様になっていきます。
たとえば私の地元の場合、13世紀より昔のことになると京都や奈良の和人文化・歴史・政治との断絶が大きくなり、祖先から受け継いだ文化や歴史を愛すれば愛するほど現代日本人の日本観・日本人観との乖離が大きくなってしまいます。
真面目に右派をやろうとすればするほど、頭を抱えざるを得ないのです。

>元道さんは「戦前日本は朝鮮の言葉や名前を消滅させようとした」という話はいかがお考えなのでしょうか。

実は、朝鮮関係は政治的に言い争っている人が多いので、関わりあいたくないためわざと勉強していません。ですから詳しくありません。
ですが、大日本帝国の朝鮮統治策をいちいちチェックして年表をつくってみると、その方針は一貫せず、やたら揺れ動いていたことがわかります。
確かに「朝鮮の言葉や名前を消滅させようとした」時もあるんです。そして同じように「朝鮮の言葉や名前を盛んにしようとした」時もあったのです。
当時の朝鮮人日本国民はそのような日本政府の一貫性の無さにこそ、日本による支配の不条理を感じていたのでした。
ですから、朝鮮人日本国民の中には、日本統治を積極的に受け入れて、臣民としての権利を活用して朝鮮人の実際の地位向上を図ろうとした方々がいたことが知られています。帝国憲法の適応範囲を朝鮮半島までひろげさせれば、日本の法体系を使って朝鮮総督府を打倒できますもんね。
ところが、この方々は今では「親日派」として名誉を損なわれているようです。韓国の方々は積極的に再評価すべきだと思うんですが、逆を行っているようで残念です。

あー、他人のblogのコメントなのに長々とレスしてしまった。すみません。

仲さん
>「言語や名前の消滅政策」は、私の知る限りでも、少なくともアイヌ、琉球民族に対して行なわれてましたので

仲さん、明治政府は日本人自身にも「言語や名前の消滅政策」を強制していますよ。
明治以前に日本人は「全国に共通する日本語」や「全国、全階級に共通する命名法」を持っていなかったことを思い出してください。
明治政府は統一された日本人を形成するために全国各地の日本語を積極的に破壊し、各階級ごとの命名法を廃止しました。
沖縄やアイヌ、朝鮮人への強制はその延長線上にあると考えれば、当時の統治者がこの強制を特別な差別意識無しに何故行えたのか説明することが出来るようになります。

元道さん、こんにちは。

>仲さん、明治政府は日本人自身にも「言語や名前の消滅政策」を強制していますよ。
>明治以前に日本人は「全国に共通する日本語」や「全国、全階級に共通する命名法」を持っていなかったことを思い出してください。
>明治政府は統一された日本人を形成するために全国各地の日本語を積極的に破壊し、各階級ごとの命名法を廃止しました。

うわっ! すっかり見落としていました。

いや、失念してしまい、関連づけて考えるに至らなかった、という方がより正確です。

>沖縄やアイヌ、朝鮮人への強制はその延長線上にあると考えれば、当時の統治者がこの強制を特別な差別意識無しに何故行えたのか説明することが出来るようになります。

なんでこんな大事なことを見逃していたのか。
恥ずかしく思うと同時に、すごく大切な情報を知ることができた嬉しさが一緒になって、なんだか非常に狼狽しております。

>あー、他人のblogのコメントなのに長々とレスしてしまった。すみません。

いえいえ、「親日」活動がなし得た可能性の指摘などにはっとさせられ、また、まったく知らない話も多く(ほとんどかも)、感謝しています。

そうそう、ポーランド出身の日本国民あるいは永住者については、
http://ukiuki.way-nifty.com/hr/2006/11/post_9272.html(入管難民法シンポ/ 調査資料「在日朝鮮人への人権侵害について」/癒しのうさちゃん!、2006.11.21)
で紹介した東京新聞の記事に、次のように付されていたのを今、思い出しました。

<デスクメモ> 難民鎖国の日本もかつて、難民を大量に受け入れたことがあったのを四年前、取材で知ってうれしく思った。ロシア革命の動乱の最中、シベリアに追放された八百人近いポーランドの孤児で、元孤児の生存者は感謝の念を持ち続けていた。当時の日本は今よりも貧しかったのに、心は今より豊かだったのか。 (吉)

今後ともよろしくお願いいたします。

非常に興味深い、やり取りですね。

「近代化の中で、少数民族が消滅していく」と云うカウツキーだったかな?
の民族理論、レーニンやスターリンも結局はこれを継承しているはず。
この考え方を佐倉さんという方が採用しているようで、興味深いです。
あ、明治政府以降の日本の多数もが、というべきか?

三介さん、おばんどす。もう1年近く前のコメント応酬なんですねえ……。

「近代化の中で、少数民族が消滅していく」というのは直観的に理解しやすい話ではあるんですが、近代化の中で消滅していくのは少数民族だけでなく、マジョリティも厳密な意味での過去のままではいられないんだと思うんです。すでに江戸以前の日本人、もういなくなっちゃってると言えるんじゃあるまいかな、とも。そういう変化をお互いが受け入れていくことが大切なんじゃないかなあと、そんなことを考えさせられたやりとりでした。

コメント欄が面白いですね。

ところでマスコミが外国人差別をあおってるとの事ですが、
マスコミは通名報道とかで右の人に叩かれっぱなしなんですが?
まぁ、それが理由で外国人差別が進んでいるとも言うので、
そこまで考えて通名報道とかにしてるなら大した物ですね。

最初からリーク、または自演で本名を晒すと言った所でしょうか。
あと警察庁にも犯罪の推移ありましたね。確か。

<韓国語消滅とか
総督府の作ったハングル語辞書を見つけると「ほら、やっぱり韓国語消滅させようとしてたじゃないか」と言う国。
それが韓国。
…マスゴミが日本以上に「ゴミ」なだけなんでしょうかね?
そりゃ「はぁ?ただでさえうざいのに」となりますね。
「総括」としての韓国は駄目な国なので「韓国」と「韓国人」に対して対処が厳しくなるのは、
「仕方ないんじゃない?だって他の国だって出身国によってビザとか入国許可の出方違うし」と言った感じ。
個人レベルの付き合いなら別でしょうが、集団としては仮想敵国に指定はするけど金はたかってくる
自称「優勢民族」様と付き合う気なんて起きませんよ。
お金をくれない日本人は心が狭いそうです。
…鏡を見て 言ってください。

韓国マスコミのニュース見てるだけで
「ああ、無理。こいつらは無理。
 行動に対する不信とか、所属が違うから内が管轄するべきじゃないよね?とかじゃなくて
 日本だから「たかって当然、金よこして当然」だし、うん。
 さすが弱みを見つけたら一生付け込む国とその属国。」
と思いますから。
まともな人もいるんでしょうが「総体」「総括」としてまともに付き合えるとか思えませんね。

猫さん、はじめまして。

まあ、どこの国にもネット右翼のような人たちは一定の割合でいるでしょうしマスメディアや政界に食い込んでいる場合もあるのでしょう。たとえば日本では、日本だって選民思想に凝り固まってる人の有名どころとしてはアインシュタインの予言を信じちゃってる某政治家さんとか、火の玉になった前・大臣とか。田母神作文だって、右派論壇誌に掲載されていたら目立たなかっただろう、なんてのがこの日本社会でありますしねえ。。。

容疑者・被告人の通名報道については、マスメディア各社で、また事件ごとに対応が分かれていることもあるようです。そもそも国籍が犯罪を犯すわけでもなく、これだけ在日韓国・朝鮮人などに向けた差別が強い国ですので、通名報道もやむを得ない選択でしょう。それに、一般的にいって本人にとっては通名こそが日常使っている名前なわけでして、それが報道されることの方が容疑者たちにとってはダメージが大きいという面もある気がします。

結局、本名とか国籍の報道をすべきだと主張する人たちって、結局はその国籍の人たちを差別したい、そんな信条に突き動かされてるだけなんでしょうね。くわばら、くわばら。

外国人犯罪報道に関しては、
http://ukiuki.way-nifty.com/hr/2008/08/2008.html
や、そこで紹介しているリンク先をお読みください。

あれが右の人だと思えてないので差別主義です。
韓国人とか中国人は「総括」として恐怖の対象なので…。

国も民族も全部消えてなくなればいいのにと思ってる臆病者です。
(韓国中国と言う意味ではなく、国と言う境目:民族と言う境界ですね)
なんで韓国人とかはあんなに民族や国籍にこだわるのか本気で不思議です。

自分の場合、
韓国とか中国うるさい→好きで日本人に生まれたわけじゃねぇよ。新しく言語学ぶのも面倒だが。→なんか誇張してるし賠償も終わってるらしい→韓国ニュース確認→何こいつら?すごいんですけど。火病わろす。

と経緯をたどってるので、誰かが書いてましたが「東アジアがうるさくなきゃ歴史とかどうでもいい」組みですね。

韓国・中国は大半の日本人が既に「日本人としての誇り」などないことに気が付くべきだと思うんですけどね。
ただ単に「自分たちの生活を脅かす存在」「自分たちから搾取をする存在」として激しく叩かれてるだけなんですが…。

中華思想とその属国だから本気の差別が日本より蔓延してそうなんですよね…。

ちなみに聖徳太子の日出る国の天子はあれは政略で差別意識でしてるわけじゃないでしょうしね。

猫さん、こんばんは。

う〜ん、ネットの魔力ってやつでしょうか。本気の差別って、日本でも珍しくないと思うですが。そのあたりを見つめてみたり、高橋哲也さんの『戦後責任論』とか読んでみたり、さらにはもっと韓国や中国の人とネット以外で接する機会を持たれると良いと思うのですが、なかなか難しいのかなあ。

ともあれ、隣国同士、持ちつ持たれつの関係はこれからますます進んでいくと思います。平和な関係を築いていきたいものですね。

戦後責任論を検索しましたが、そのうち中身は読むとして、
(古本が安くあれば)

>応答可能性?
アマゾンプレビューで書かれてる方の片方が言うことが本当なら、
私のように元々「別に生まれる国日本じゃなくてもよかったんで」には受け入れられないでしょうね。
歴史を盾に子供の世代にお金を無心するのはまさに被害者が加害者になるの図でしかない訳ですから。
我々を差別者と呼ぶのも勝手ですが、我々からすれば貴方がたが差別者。と言うくらいの物です。
言ってる通り、別に私は人種とか国籍とか「拘らない」人なら「あっそ。」なんで。

何で拘るの?と書いてますが、正直本心です。
外国で生活してルーツに拘る奴きもくね?ぐらいの勢いです。
日本に来て朝鮮人の血に拘るとか、お前ら日本に金毟りに来たのか?
ああ、誰かはっきり言ってたね。日本人は嫌いだけどお金を稼ぐには日本がいいって。
うん。本質的に一緒に暮らせるわけないだろう?くいらいのはなしです。
奴らのこだわりは日本人と結婚しようとすると両親反対くらいの勢いなんで。
アメリカのジャパニーズタウンってあれは「他の場所の空気がなれない」じゃなくて、
「俺たちは日系アメリカ人として文化と伝統を維持するぜ」とかなら日本人同士でも
「きも!日系って言うルーツに拘るなら日本でやれよ」ですよ。

何故かって、簡単ですよ。
文化などを「受け入れろ」と言いますが、極端な話「受け入れない自由」もあってこその自由です。

更に、国による「境界」が必要ないならば世界は「国」と言う単位を解体するべきなのです。

理由はそもそも国が領土範囲によって既得権益(差別と資源格差)の性質を備え、更に国家単位での経済闘争と経済格差・生活格差の火種になるからです。
貿易において、各自国の都合を優先した「不当な」強制取引を既に日本も行わされています。
純粋な競争でもなく、富の再分配の支援でもありません。
しかし、買わなくてもいい、買いたくもない米と牛肉の輸入は強行されました。
二酸化炭素排出量についても、現在の国民の総数と国土面積や主要産業を考慮しなければ全く平等ではありません。
100年前のお前の先祖が得をしたから子供のお前らが我慢しろと言うのは差別です。
また、現在の排出量の何%というのもおかしな話です。
未開国は?今まで既にエコロジーへの取り組みをある程度していた国は?
どう考えても差別となるでしょう。

国家と言うのはエゴイズムの塊です。それは国家が「自国民の存在と生活の保証集団」である事を考えれば極当然の事です。

それでも国家と言う存在が必要なのは「国家」と言う境界が必要だからです。
理由は通貨単位の違いによる経済調整のためではありません。
「特定のエゴイズム」を切り離し、分ける事で共生させるためです。

全ての人をキリスト教の価値観に従わせる事は出来ないでしょう。
全ての人をイスラム教の価値観に従わせる事も出来ないでしょう。

「女性の肌は悪だ」と言う人と「女性の肌は芸術だ」と言う人は同じ場所に「共存」出来ないのです。
どちらかが我慢するしかないのです。ではどちらも我慢できない場合は…?
しかし違う場所であれば同時に存在する事が出来ます。
それが国の存在理由だと私は考えます。
交わらなければいいのです。お互いそこについては無干渉とするだけです。
「貴方のテリトリーには入りません。ですから私のテリトリーにも入らないで下さい。
 私たちには私たちの選択とルールがあり、あなた方にもそれがあります。
 しかし、私たちと貴方がたの選択は相容れません。私たちはあなた方の選択を受け入れられません。
 ですからこのテリトリーを離れず、出来るだけ干渉しあわずに居ましょう」
と言うのが既に現代では唯一の存在意義ではないでしょうか?

「私と貴方」は「同等の」人間ですが「違う」人間なのです。
同じ価値観と制度だけを適用させるなら、国などない方がいいのです。
国連が世界中の人の生活保障と富の再分配を管理すればいいのです。
(権力の一極集中が独裁の危険があるなどの論議はさておき)

正直、これ以上の理由で「自分の出身」とか「文化」「血統」に拘る気はないです。
もし、手間さえ掛からなければ、私は容易に、不愉快な立場になった時点で、「日本人」と言う立場を止めるでしょう。
世界はそれを許さない方々の方が多そうですが、「日系人」である事もやめます。
…で、許さない方々って誰の事か分かりますよね?
日本を恨み差別したかる人。

被害者だから、いい言葉ですね。非常に便利です。
で?日本語喋ってるのはてめぇが韓国語・中国語しか喋れないのと同じだよ。
日本?別にそこに生きてる人が暮らしやすければ日本じゃなくてもいいよ。
でも、現実は国がなかった民族、国を追われ吸収された民族、民主主義を利用され同化させられた民族。
彼らにはもう自分たちで自分たちの文化を保持し続ける力はないのです。
別の文化からの移民者たちにお伺いを立てて許しを得て初めて自分たちの文化を維持する事が出来るのです。

この点については日本国にも最低でアイヌと琉球(特にアイヌ)がありますが、
私はこれらの事情を鑑みて、アイヌ民族が北海道の一部で、琉球民族が沖縄で独立を求めるのであれば、
それが真に彼らによる物であれば支持をしたいと思っています。

ちなみに上記の意見で立ち位置が分かると思いますが、世界中で国家民族解体するんでなければ今度の国籍法改正とか思いっきり反対です。
日本は日本民族(?)の国なので、外国人や外様民族の民主主義的侵略とか勘弁してくださいなので。
(外国人学校は日本が「豊か」だからお金を出すと言う立場であって、
 そうでなければその民族文化の本拠国が金を出すべきと言う考えですね。)

民主主義的侵略はハワイとか色々ありますね。
人口の少ない国は移民に参政権与えると余裕でされます。
多数決と言う名の数の暴力で領地占領ですね。

<持ちつ持たれつ
それなりに貿易してるのは知ってるけど、中国はまだ「持たれ」分かるけど、
韓国、何か日本に得な事やってくれたっけ?
常に昔の賠償金もみ消して、36年の恨みやら謝罪と賠償やら金よこせやらいわれた記憶しかないんですが。
経済支援しても日本の経済支援は意味なかったって言われるから、もう経済支援とかしなくていいと思うんだけど。
(経済支援に当たり前みたいな顔するのは中国もだけど、国として頭がいいからか媚び売る時は売って来るからね)

猫さん、こんばんは。

>戦後責任論を検索しましたが、そのうち中身は読むとして、
>(古本が安くあれば)

図書館という手もありますよ。
続きについては、また時間ができたら、返答するかも知れません。
ご了承ください。

ちょっとHPの整理をしていたら日韓翻訳チャットと言う楽しげな物が紹介されていたので、
しばらくそっちに行ってみようかと思います。

等身大の韓国人を見るにはその方がよさそうなので。^^;
(EnjoyKoreaと言うサイトはBBSで見た事はあるんですが、自演じゃね?
と思われるようなレスが双方に少なくない感じなので)

ネット上は過激派が多くなるとするなら、等身大とはまた違った物になりそうですが…。
個人の本音的意味合いではネット上の方が出る気がしますしね。

色々サイト回ってると色々意見は出てますが…。
実際の体験してみると発見はあると思いますからね。^^;

正直、感情的になりすぎてる部分は確かにありました。
どうでも良い話を出来そうな、利害の絡まない場所でちょっと実情を体験してみたいと思います。
(体験してうんざりだったらもうしょうがないですが)

猫さん、こんにちは。

国籍法関連の記事にレス、続けますね。
http://ukiuki.way-nifty.com/hr/2008/11/post-bccc.html

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